kanossaのブログ

歴史小説や時代小説を綴ることを中心としたブログです。
簡単に読めるものを書いていきます。最初は、戦国時代
に主君大内義隆を殺害し、厳島の合戦で毛利元就に敗れ
散っていった陶晴賢(五郎→陶隆房→陶晴賢)を主人公
とした「TAKAFUSA」を書きすすめます。

TAKAFUSA その7 陶晴賢 五郎涙する

その7 
 
江田浜での楽しいひと時をすごしてた五郎だったが・・・
 
その三日後、三時をまわった頃、
隆房はふと川に水浴びをしようと思い、タケとマツを連れ近くの牛田山の方へ向かった。
ここには五郎の小さな時からの遊び場なのである。
 
原っぱあり、お気に入りの洞窟あり、川あり、滝あり・・・
遊び場としてはこと欠かない。
 
道から広い草っぱらに出たとき、タケとマツは水を得た魚のように
あっちこっちを走り回っていた。
遠くの方まで行ったタケとマツの姿はどんどん小さくなった。
 
隆房は
「タケー、マツー!!」
と大声で呼んだ。
隆房の声にタケは動きを止め隆房を見つめ、そして次の瞬間隆房の方へ走りはじめた。
(タケ、すっごく速くなったなー)
と思った。
 
マツはまだ向こうの方を駆けまわっている。
 
ふと空を見上げた。
残暑がまだ厳しく続いていたが、夏雲の間にチラホラと秋雲の気配も・・・
 
五郎は、
(あれは何だろう)と思った。
 
黒い点が遠くに見えた。
しばらく見ていると・・・何かの鳥だとわかった。
(なーんだ)
ということで、タケが嬉しそうに駆けてくる方を見た。
 
五郎のもとまでやってきたタキは、五郎の周りをクルクルまわった。
「ワンワン」
遅れてマツもやってきた。
 
「ほーれほれほれ、ほーれほれほれ!」
などと言いながら・・・撫でまわした。タキ・マツももう大喜びで・・・
わんわ、わんわと吠えまわっている。
 
犬二匹と五郎が原っぱを転げまわっていた。
五郎の息も弾んでいた。
 
少し落ち着いて・・・五郎は地面に座り、その横にタキ・マツも佇んでいた。
 
すると、
タケは五郎の元からまた駆けだした。どんどんタケの姿が小さくなっていった。
(やっぱり速くなったなあ)
 
マツは五郎の横で一心不乱に草を噛んでいた。
 
その時、ちょうど五郎の上空高くに、大きな鳶が見えた。
(さっき見えた鳥は・・・鳶だったんだなあ)
と思い鳶の様子を目で追った。
 
突然、鳶は急降下しだした。
(地面に降りるのかな)
と、地面の方に目をやると、タケの姿が目に入った。
 
五郎ははっとした。
(まさか)
タケの方へ向けて駆けだした。
 
必死になり全力で走った。
そして大声で。
「タケー、タケー逃げろ」
と叫んだ。
 
しかし、タケは何も気づかず走っている。
五郎は狂ったようにタケの名を叫んだ。
 
それは、タケが五郎の声に気付いて止まり、五郎の方を振り向いた時だった。
鳶が猛烈な速さで地面すれすれまで舞い降り、一瞬でタケをさらって空を駆け上がっていった。
 
鳶の足につかまれた、タケは手足をもがくように激しく動かしていた。
やがてタケと鳶の姿は見えなくなった。
 
五郎は泣いていた。涙が止まらなかった。マツもじっとして動かなかった。
悲しくてしゃくりあげながら泣き続けた。
 
頭の中に、手足をもがくように動かすタケの姿が何度も何度も思い出された。
五郎は呆然となり、その後どうやって館に帰ったのかも覚えていなかった。
 
五郎のその後の落ち込みは、傍目からみていても気の毒なほどだった。
 
ある日、
その様子を見かねた百乃介が・・・
「五郎様、そろそろ元気をだされないと・・・」
「ああ、わかってはいるのだが」
 
「たかが犬ではございませぬか。また違うのを・・・」
「たかが犬、たかが犬だと!!」と大声を張り上げた。
 
「そうではございませぬか!!」と百乃介も負けずに言った。
 
五郎の中で何かがはじけた。
五郎は次の言葉を吐かずに、百乃介に飛びつき殴りかかっていた。
 
家来の侍に
「五郎様、五郎様、おやめなさい!!」
と止められるまで、殴っていた。
 
百乃介は殴られるままに・・・じっと耐えていた。
 
五郎は家来の腕を振り切って・・・城の外に走り出た。
(ちくしょう、ちくしょう)
と心の中で叫んでいた。
 
 
その日の夜の事・・・
五郎は部屋で端坐していた。
父の命令で・・・鏡の前に座っていた。
 
「己を見つめよ」とのこと。
 
最初反発する気持の強かった五郎だったが・・・
ご飯も食べずに、ずっと・・・
頭に様々なことが浮かんでは消え、浮かんでは消えした。
朝方のことであった。
五郎は「はっ」と気づくものがあり・・・
いつしか、頬を涙が伝わり、肩を震わせていた。
 
父の元へ行き、二人でしばらくなにやら語り合っていたが・・・
最後に父の興房が、
「これからのこと、そちにまかせる」
「はっ」
五郎はいつもより長く頭を下げ、部屋をあとにしていった。
 
百乃介のもとを訪ねた五郎であったが、心の底から百乃介に詫びをいれた。 
謝る五郎も、謝られる百乃介も・・・ともに目に涙を浮かべていた。
 
外では秋の気配を感じさせる涼しい風が、時折、道端の草を揺らしていた。