kanossaのブログ

歴史小説や時代小説を綴ることを中心としたブログです。
簡単に読めるものを書いていきます。最初は、戦国時代
に主君大内義隆を殺害し、厳島の合戦で毛利元就に敗れ
散っていった陶晴賢(五郎→陶隆房→陶晴賢)を主人公
とした「TAKAFUSA」を書きすすめます。

時代小説「TAKAFUSA」その17 運命(三)

まえがき


今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。そして、毛利元就に会うために爺と一緒に五郎は旅に出ます。今回は、田中久三と立ち合うことになった爺を、五郎は必死で止めようとします。


 部屋に戻った爺は、久三とのやりとりのありのままを五郎に話した。
 そして、つづけてこういった。
「さて田中殿の腕は尋常ではござらぬ。間違いござらぬ。場合によっては、ここからは五郎殿一人で旅をしなくてはならないことになるかも」
「どうして、しなくていい立ち合いを爺はするのじゃ。爺は何も悪いことしていない。田中様の逆恨みじゃないか。それに、田中様もそう思っていて、やらなくてもいいっていってるのに。なぜ。なぜ」

 話しているうちに興奮し、声が大きくなっていた。五郎は同じようなことを何度も何度もいった。 
 爺はだまって目を閉じて、耳をかたむけていた。
五郎の言葉がとぎれたとところで、爺は右目をあけて五郎をまっすぐにみた。


「五郎殿のいうとおりかも。が、これが爺の生き方でござる」
 静かではあるが、信念に満ちた声できっぱりといいきった。


 その声を聞き、爺はもう絶対にあとにひくことはないと思った。出会ってからこれまでの爺との思い出がさまざま頭の中をよぎった。爺を失いたくない。あの体の大きな田中という男に憎しみを感じた。あいつさえいなければこんなことにならなかったのに。五郎は、もう何もいわなかったが、心の中は悶々としていた。


 その後、二人は床についた。夜中、五郎は目が覚めた。うっすらとみえたのは、坐っている爺の姿であった。目が慣れてきた。凛とした姿勢で爺は、端坐していた。毎朝、やっているやつである。このまえ爺は神仏に祈るのではなく、死を想っているといっていたが。きっと今もそうなのだろうと五郎は思った。そうすると急に涙がこみあげてきた。
 朝起きると爺は書き物をしていた。
「五郎殿。わしが倒れた時のために、興房殿に手紙をしたためておる。その時には、それを
手渡していただきたい」
「はっ」
 五郎は、悲しい気持ちになりながらそう返事した。


 部屋を出た五郎は、久三のもとへ向かった。
部屋の中で、五郎は厳しい形相で久三をみつめていた。
「田中様、はっきりいいますが、この立ち合いはやめていただきたい。田中様はおかしゅうございます。後藤様(爺)は何も悪いことはいたしておりませぬ。田中様の兄上、叔父上のことは気の毒にございますが、それは戦場(いくさば)でのこと。和睦もなったと。怨むのは筋違いにございます」
 刺すように五郎はいった。


「そのとおり」
 久三は、顔色一つかえることなくいった。
「まさにそのとおり。しかし、そのことを承知しながら後藤殿は引き受けられた。違いましょうか」
「違いましょうか」
 久三は冷たい声でいいはなった。
 五郎は、返す言葉がなくなり、情けない気持ちになり部屋を退出した。
 五郎が出て行ったのも見届けた久三は、目をつむり下を向いていた。そして、目をあけたかと思うと、今度は高いところを向きじっと何かを考えていた。その表情は苦渋に満ちたものだった。
 部屋にもどると爺がいなかった。心配になった五郎は、宿の主に爺の行方を知らないか聞いた。主は、少し離れた野原で剣術の稽古をしていると教えてくれた。そこへ行ってみた。すると爺が真剣を振っていた。五郎はなにか変な感じがした。何かがちがう。ずっと爺から剣のてほどきを受けてきた。いつもと何かがちがう。そうだ。動きのキレがあまいのだ。わざとだろうか。五郎は爺の動きを、くまなく見つめた。そして五郎は、爺が左足をかばいながら動いているのではないかと思った。


 爺の稽古が終わり、五郎は爺にちかづいた。そして、左脚を凝視した。左脚の足首からしたが紫色になっており、異常に腫れていた。
「爺、ひどい怪我。こんな状態で立ち合いなどできない。爺、やめてくれ」
「心配してもらい、ありがたく感じる。しかし、もう決めたこと。やめませぬ」
「どうして。満足に動けないのにどうして」
「五郎殿、戦(いくさ)において、今日は調子がよくないから、やめてくれなどということが、ありましょうか」
「戦いとこの度の立ち合いとは、全然ちがうはず」
「他人(ひと)は知りませぬ。
が、爺にとっては同じこと。人はやりたくなくとも、やらなければいけぬ時がある。爺はそう考えまする。もう決めたこと。考えを変えるつもりはありませぬ」


 部屋にもどった爺は、
「すぐに戻ります」といって、どこかへいった五郎を待っていた。
そして、戻ってきた五郎に向かい、
「興房殿宛です」といい、手紙を五郎に手渡した。
 その時、爺の視線が五郎の懐に向けられた。
「五郎殿、お気持ちはありがたい。が、かえって迷惑なこと。懐のものは、出していただきたい」
「えっ」
 五郎は、さっき河原へいっていたのだ。石投げの名手である五郎は、何かの時には、石で爺を助けようと思って、投げやすい石をたくさん拾ってきて懐にしまっていたのである。五郎は懐から石をとりだした。
「五郎殿、田中殿は立派なお人。そして、腕前も前も申したようにすさまじい技量をもっておられる。やると決めた以上、邪魔だてなしで、まっすぐに闘いたい。爺の願いでござる。」
 軽く五郎に頭をさげた。
「また、こんな世をずっと生きてきた性か。無性に心おどる己がいることも確か。我ながら呆れておる」
 爺はにやりと笑った。
「田中殿か爺か、いずれが勝つか。それはわからぬ。が、五郎殿にはしっかりと見届けていただきたい。どっちにせよ、得るものはあるはず」


 その時、宿の主から声がかかった。
「後藤様、火事で助けたおこととその母親がお礼にまいっております」
「ああ、それではそっちへ向かいます」


 宿の前に、おこととその母お吉がたっていた。二人は爺に、何度したかわからないくらい繰り返し頭を下げた。
お吉が、
「田中様は、もうすでに今日はおでかけになっておられるとか。また来ようとは思うのですが、すれ違いになるやも。もしお会いになるようなことがあれば、くれぐれもよろしくお伝えくださいませ」というと、横のおことが、 
「おじいさん、どうもありがとうございました」とぺこりと頭をさげた。
 そして、
「これ、どうぞつまらないものですが」とお吉がなにやらくれたのであった。
 おことの腕の中には母猫のスズが抱かれていた。まだ、あちこち毛が焼けた跡が残っていたが元気そうだった。おことが、なでると
「にゃあ、にゃあ」と声をあげた。


 部屋にもどり爺がお吉にもらった包みをひらいた。餅が入っていた。
「五郎殿、美味そうな餅ですぞ。いただきましょう」
 その餅は、なかに餡がはいっていた。当時ふつう使われていたのは塩餡である。砂糖は当時高級品で簡単には手に入らなかった。甘い餡が当たり前になるのは、もっと後のことである。で、その餅はまたきな粉でくるまれているものだった。
「ほれ、五郎殿たべなされ」
  五郎は、これから爺が生きるか死ぬかの闘いに向かう前に餅など食う気がしなかった。
「五郎殿、戦になればいやでも腹にものをいれねばならぬ。さ、ほれっ」
 爺が、優しい声で語り掛けた。
 五郎が、ゆっくりと餅に手を伸ばした。そして口に入れた。柔らかい餅と塩味でひきだされる小豆のほのかな甘み。それにきな粉の香ばしさがくわわって。なんともいえず美味い。こんな時にでも、食い物が美味いと思ってしまうことが五郎はうらめしかった。


「人が腹に物をいれる。美味い。それがあたり前」
 爺は目元をゆるませながらそういった。
「少々のことで胃がものを受けつけぬような人間に、人を束ねることはできませぬ。飯がなくとも泰然と。食えるもがあればいつも美味く食う。これが肝要。
五郎殿、これは軽口でなく本当のこと」
 そう話す爺の顔を五郎は泣きそうな思いでみていた。


「さて、五郎殿そろそろいきましょうかの」
 爺は、散歩にでもいくように軽い口調でいった。







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