kanossaのブログ

歴史小説や時代小説を綴ることを中心としたブログです。
簡単に読めるものを書いていきます。最初は、戦国時代
に主君大内義隆を殺害し、厳島の合戦で毛利元就に敗れ
散っていった陶晴賢(五郎→陶隆房→陶晴賢)を主人公
とした「TAKAFUSA」を書きすすめます。

時代小説「TAKAFUSA」その17 運命(五)

           出典www.kabegamilink.com
まえがき
 今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。そして、毛利元就に会うために爺と一緒に五郎は旅に出ます。今回は怪我している爺と久三が死闘をくりひろげます。



 小鳥のさえずりが聞こえるなか、爺が歩みをとめた。少し先に目をやった。木々の緑がまばゆい。その間から漏れる陽の光の束が、なにやら神々しく感じられた。
 しばらく後、爺はまた歩きはじめた。


 川原につくと、すでに田中久三はやってきていた。
「五郎殿は、ここで」
「爺っ」と五郎が小さく叫んだ
 柔らかな表情を五郎に向けた。
 そして五郎の目に、小さな爺の後ろ姿がうつった。


「お待たせ申した」
「後藤殿、来ていただき有りがたく存じる」と久三がいった。
 つづけて
「本当によろしいので」
「二言はない」
 爺がきっぱりといった。
 その言葉に久三の表情は、吹っ切れたようにすがすがしいものになっていた。
「わかり申した」


 その時、山道の方から人の気配がした。四・五人の男たちがやってきていた。なかに戸板を運んできているものもいた。爺と久三は、村長(むらおさ)に果たし合いの立会と後始末を頼んでいたのであった。
 爺が、村長の方を見た。二人の目があった。爺が軽く頭を下げた。そして、爺が久三をみつめると、久三は頷いた。
 五郎は、今からはじまるのだと思うと気が気ではない。顔は青ざめ、目は怯えの色を帯びていた。怪我をおっている身で闘いにのぞむ爺が心配でならなかったのである。


「はじめましょうか」と爺がいった。
「では」と久三。
 二人が刀を抜き合った。久三の刀は三尺(約90センチ)をこえる、刀身のあついものであった。それに対し爺の刀は二尺二寸(約67センチ)である。
 大きな刀。そして久三の並外れた力。二つの刀がぶつかれば、爺の刀は間違いなく折れる。五郎はそう思った。爺は久三の刀をかわし、久三より速くうごかないと。しかし、爺は久三は、とてつもなく速く動くといっていた。どうなるのか。
 向かい合った二人は水と炎のように対照的だった。爺は上段で構え、その表情は仏像がかすかに笑っているようにも見えた。して、そのまま動かない。久三もやはり上段で構えたままじっとしている。が、さきほどのさっぱりした表情とはうって変わってまるで鬼のような形相になっていた。五郎は久三の全身から火がふいているような気がした。


「こりゃ、勝負になるめえ。あんなにこまい爺様すぐやられちまうぞ。かわいそうにな」
と村人がいうと、
「そうかな。あの爺様ただものではない気がする」
 村長が、二人を凝視しながら神妙な表情でいった。


 先に動いたのは久三だった。
「うおー」
 大声で叫んだかと思うと、爺の方へ鋭く踏み込んだ。速い。びっくりするほど速い。そして怒涛のように、刃をふりおろした。
 爺も負けないくらい速い。俊敏な動きでよけながら、紙一重でかわしていく。
 足は大丈夫なのかと、五郎が考えた時、後退する爺の態勢ががくっとなった。
 そこに久三の袈裟懸け。爺が体をうしろにそらす。が、刃は浅く爺の胸を斬った。そして久三は、刀をすりあげた。瞬時に爺は一歩下がり、刃をよけるや否や強烈な突きを久三に食らわせた。
 すると久三の巨体が、まるで猫のように後ろに跳んだ。その俊敏さに五郎はおどろいた。爺のいったとおりだ。


「本当だ。村長がいうように、あの爺様もすげえな」
「が、爺様斬られなさったぞ。なんであんな年で斬り合いなど」
「あの侍、爺様の命を火事の時に助けなさったそうな。次の日にゃは二人で楽しそうに酒を飲んでたって聞いたぜ」
「殺し合いするなら、なぜ助けたのかな。訳わからねえや」
と村人たちがいうのを聞き、村長が、
「お二人とも御立派な方。きっとやりとうのうても、やらなきゃならぬ深い事情があるのだろう」


 向かい合った二人だが、見ると爺の着物は血に染まっていた


 すると久三は、またしても
「うおー」と叫び、猛烈な勢いで爺に向かっていった。爺がおされながら、後退していく。そして、なんとそのまま川の中へ。水しぶきがあがる。久三も川に入り、嵐のように刃を走らせた。
 と、後退していた爺が左足を滑らせ、仰向けにこけた。久三が迫る。
 爺を見おろした久三が大刀を振りかぶった。
「やあっ」
 渾身の力で刃をふりおろした。
「爺-」と五郎が叫んだ。 
「ばしゃっ」というおおきな音。
 水が大きく撥ねた。何も見えない。
 撥ねた水が落ちた。
 なんと久三の大刀は、半分に折れていた。川底の石にぶつかったのである。
 爺はどこへ。
 まるで、海老のようね跳ね、一間(約1,8m)横に移動していたのである。
 手に刀はなかった。
 この時のことを、自分でも何をどうしたのか覚えていないと、後に爺は語っている。


 久三は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに倒れた爺のところへ。
 爺が起き上がりかけたけたところに久三が。爺の体を掴むや否や、豪快に投げた。
 宙を舞い水面に落ちる爺。体をうまく丸め衝撃を小さくした。水しぶきが大きくあがる。その水しぶきが落ちたときには、脇差をかまえた爺が立っていた。


 そこに、久三が脇差をきらめかせ獣のように襲いかかる。二人の刃がぶつかり、火花が飛んだ。両方とも刃が欠けた。その刹那、久三が一閃。爺の頬をかすめ、血がにじみ出た。
 久三が再び刃を振りおろした瞬間、爺がなんと横へ跳んだ。そこには大きな岩があり、その岩を蹴って今度は久三の方へ跳んだ。空中に飛んだ爺と久三が交錯する。刃がきらめいた。爺が久三の肩口を越え、川の中に着水した。
 久三の肩口から、血が噴き出した。


 一瞬二人はにらみ合ったと思うと、両者走り寄った。相手の刃を互いにかいくぐりながら、斬りあう。そして刃どうしがぶつかる。刃がすべる。それが止まった。刃の欠けた部分どうしががっちり噛みあったのである。動かない。背丈六尺を越える久三がものすごい力で上から爺の脇差を抑え込む。爺の腕が震えながら徐々に下がる。ゆっくり下がる。久三の脇差の刃が爺の額にせまる。


「あー爺」と五郎が叫ぶ。
 五郎は爺に止められていたにも関わらず、川原の石に手をのばした。


 その時だった。
 爺は瞬時に半歩下がりながら刀を捨てた。久三は、そのまま前につんのめった。爺の目の前を刃がかすめた。
 と、爺は飛び跳ね、その右膝を久三の顎に叩き込んだ。久三の手から脇差が落ちた。
そのまま爺は後ろにまわり、首に両足をかけた。久三と爺が後ろに倒れる。水が大きく撥ねた。
 爺が足で首をぐいぐいしめる。久三が水の中でもがく。激しくもがき、肩から上を動かし、爺を引き離そうとするが離れない。
 すると爺に首をしめられたまま、立ち上がろうと。片膝になり、そして震えながら渾身の力を振り絞り、二本足で立った。
 顔色がみるみる赤紫色に変色していく。苦悶の表情。両手で爺の足をつかみ引き離そうとするが、離れない。
 そして、立ったままの久三は、ついにゆっくりと崩れ落ちた。


 村人と五郎たちが川の所へやってきた。
 血だらけの爺が、
「戸板で田中殿を」といった。久三の顔には赤い斑点がたくさんできていた。
 五郎が、涙目になりながら、
「爺っ」というと、
「また旅をつづけることができますな」とにこりとした。


 左足をひきずりながら河原へあがってきた爺は、なにやら村長と話していた。
 村長が、
「怪我の具合は」というと、
「こんなものは怪我のうちに入りませぬ。気遣いは無用。とにかく田中殿を頼む。しばらくすれば意識も戻るでしょう。また肩の傷は結構ふかい。治療の方を」
「目が覚められたら」爺が言葉をとめた。
「いかがいたしましょう」村長が聞いた。
「さて、田中殿がどうされるのかはわかりませぬ。腹をめさるるかもしれません。それは、しようのないこと。ただ一言だけ。この老いぼれがいつの日は、またお目にかかりたいと申していたとそれだけ伝えていただきたい」


 爺と五郎は、村人たちが久三を戸板で運んでいく後を、ゆっくり歩いた。


 その夜のこと。
「爺、本当に大丈夫」
「もちろん。昔から怪我は温泉に浸かってなおしてき申した」
 爺が温泉に入るというのである。足をまだ引きずっている。
 五郎は心配そうに、一緒にやってきた。


 爺の体をしげしげとみた。小さくはあるが老人とはおもえぬほど鍛えられた躰である。ただ左足は、五郎が昨日見た時よりもっとどす黒い紫色になっていた。胸の傷は浅いとはいえ、生々しい。頬の傷はそうたいしてことはなかった。この小さな躰でよくあの大きな男と闘ったものだと思った。
 しかも、あの足の状態で。
 爺の、
「人はやりたくなくとも、やらなければいけぬ時がある。爺はそう考えまする」という言葉が五郎の頭の中によみがえってきた。人が生きるとは、そのようなものか。五郎は深く考えさせられた。そして、この言葉は五郎の心深くに刻みこまれていくことになった。


 爺は、左足をかばいながら湯に浸かった。
「五郎殿、気持ちがよいですぞ」といった刹那、
「あっ」顔をしかめた。
「爺」
「胸の傷に湯がしみたでござる」とにこにこと笑った。


 体を洗うため湯をあがったところで、五郎が、
「爺、ひとつお願いをしてもいい」
「五郎殿の願い。珍しいですな。なんぞ、うまいものでも食いたいとでもいうものですかな」


 真面目な顔で五郎がいった。
「爺の背中、流してもいいかな」


「五郎殿、お願い申す」


 月の光の下、爺の背中を流す五郎の目には、うっすらと涙がにじんでいた。





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