kanossaのブログ

歴史小説や時代小説を綴ることを中心としたブログです。
簡単に読めるものを書いていきます。最初は、戦国時代
に主君大内義隆を殺害し、厳島の合戦で毛利元就に敗れ
散っていった陶晴賢(五郎→陶隆房→陶晴賢)を主人公
とした「TAKAFUSA」を書きすすめます。

TAKAFUSA その5 陶晴賢 大内義隆VS臥亀(がき)一族の信天翁(あほうどり)(二)

その5
 (二)


臥亀(がき)一族の里でのこと・・・
 
信天翁(あほうどり)が
「半年かかったな」と自嘲気味に笑った。
この男中肉中背で、色は白く、目が細く、どちらかといえば優しい顔立ちである。
 
半年まえ・・・里の棟梁(おかしら)に呼ばれ、
「依頼主は・・・義興は死んだが・・・大内の跡継ぎである義隆を殺(や)ってくれとのこと・・・とにかく大内の頭をとりたいという意向だ」
 
「で、俺に白羽の矢が立ったってことだな」と信天翁。
 
「三度目の失態(しくじり)は許されねえ。長老たちとも相談(はな)したが、
おまえしかいねえってことに・・・。
また、此度はお前がほしい奴(の)を好きに選んで組にしていいってことになったぜ」


と骨ばった黒く細長い顔した棟梁は目が笑っていねえ笑顔で、そういった。
 
ああ、あの時から始まったんだな・・・信天翁はつらつら思い返していた。
 
俺は下調べを重ねながら、三人の男を選んでいって組にした。
それが菊丸、白虎、巽だ。
 
大内屋敷の警備は容易には破れねえ。そこで奴を殺(や)る舞台に選んだのが・・・
お盆のあの盛大な提灯祭りよ。あの場所には必ず義隆が出てくる。
 
ただ難儀をしたのが・・・祭りの最高の山場となる提灯を大量に組み上げた大神輿
をぐるぐる回すのをどこでやるのか、位置がわからねえってことだった。
その大神輿の前に義隆の桟敷がおかれることは間違いねえ。
 
それで祭りを全て切り回す町の役人である扇屋新右衛門の周りにさぐりを入れたが、一切何も洩れてこねえ。よっぽど用心してるみてえだった。
 
そこで声をかけたのが、菊丸だ。こいつは女誑(たら)しの玄人(プロ)よ。
菊丸も「あっしも十に三つははずしますぜ」と言ったが・・・さすがよ。
 
新右衛門の嫁のお忍は見事にひっかかり・・・もう見事に骨抜きとなり、
菊丸の「大神輿を一番いい場所で見たいんだ」という言葉にころっと騙され、
 
亭主に内緒でほいほい極秘の祭りの細けえ手順をのっけた紙を持ち出した。
こっちの思うツボよ。ほいで別れ際に菊丸が、「離れたくねえ」とかなんとか
言ったんだろうな。接吻して口に酒を流し込んだ。それを美味そうに飲んだっ
てよ・・・その中にトリカブトとフグの毒が入っているとも知らずにな。
 
紙を元の場所に戻して後、夜中に毒がまわって死んだぜ。気の毒に。
 
次はどうやって殺(や)るかよ・・・とにかく警戒が厳しいんだ・・・
悩んだぜ。そこでたどりついたのが、三重攻撃だ。
 
提灯をわんさと載せた大神輿がぐるぐるまわる。そして明国から輸入された
花火がいろいろあるが・・・攻撃をする機会(とき)は、地を鼠のように這う
のが跳ねまわっているときだ。
 
そこにいる観客全員の神経が花火の這いまわる地面に集中する。
この時が狙いだ!
 
そこで神輿の担ぎ手に化けた白虎があらかじめ神輿の担ぐ柱に仕込んだ手裏剣
を続けざまに義隆めがけて投げ、そして仕込んだ刀で斬りかかる。里でも手裏剣
で白虎の右に出るものはいねえ。うってつけだろ。
 
その時にゃ、神輿の中に潜んでいた俺が空中高く飛び上がり・・・白虎に一瞬
遅れて空中から義隆を叩き斬りにいく。
 
またすぐに巽が柱に仕込んだ槍で、義隆めがけて突き刺しにいく。
巽の身体の動きはとても人間とは思えねえ。速えーのなんのって。
 
大きな槍を素早く柱から抜いてっていうような大仰な動きを一瞬でして
のけるのはこいつしかいねえ。ってことで選んだのよ。 
 
いくら手練れの警護がいたとしても、この波状攻撃なら義隆の生命(タマ)は間違え
なくとれるはずよ。
 
ただ、ただな逃げる算段が成り立たねーんだよな。提灯が煌煌(こうこうと)あたり
を照らす中、大内の侍たちがひしめいて・・・返り血浴びた様でどうやって・・・
 
でもな、たった一つだけ方法があるんだ。それは斬りこんですぐさま・・・
裏手の一ノ坂川に飛び込むことよ。
 
ただ夏の暑い盛り・・・川に水があるかないか・・・天に祈るしかなかった。
 
白虎と巽には、必ず水はあると言い、何度も何度も水に入り川底を泳ぐ修錬を
重ねたぜ。みな、息をせずに約三百mはいけるようになったな。
 
また念のために船の底に桶を裏向けて三つをほどつけたのを、菊丸に三か所ほど
設置させた。水面に首を出さなくていいようにな。
 
俺と白虎と巽は山に籠もってな・・・いやってえほど繰り返したぜ。
手を三つ叩く拍子にそれぞれの動きが合うようにな・・・いやー辛かった。
降りる頃には、みな頬の肉が削げ落ちていたぜ。
 
もちろん山に籠もる前、あいつらにゃ存分に女抱かせて、酒飲ませて、旨い物
食わせてな。
 
まっ、あいつらにゃ言わなかったが・・・
生きて帰れるなんて・・・よっぽど運がよくない限りは・・・・
それは言えなかったな。・・・・でもわかってたろうよ。
 
で・・・・半年かかったが・・・いよいよ三日後よ!
義隆様よ、あと少しの命せいぜい
楽しんでおくんだな。  
 
目を閉じて、信天翁(あほうどり)は今までのことを振り返っていたが・・・・
 
かっと目をあけて、冷えた酒を喉に流し込んだ。

TAKAFUSA その5 陶晴賢 大内義隆VS臥亀(がき)一族の信天翁(あほうどり)(一)

その5
(一)
           
「何で俺がーー!何もやってねえ!助けてくれーー」
 
屈強な男たちにひきずれられるように連行されていく男が喚いていた。
夕立が落ちてきて、雨の匂いが立ちこめる中・・・
 
男たちはみなびしょぬれになっていた。
 
「どうしたのでございましょうか」と卜伝。
 
「さて、わかりませぬが・・・・亡くなった義興様が刺客に襲撃されて以来
この平和な山口でも・・・とくに大内屋敷の近辺の警備は厳重を極めております」
 興房が少し声を落として言った。
 
「刺客?いったいだれが・・・」卜伝は顔を曇らせた。
 
「あのような生き様をされた方ですから・・・怨んでいるものは数知れず・・・
検討もつきませぬ。ただ厄介なのは、これを請け負ったのが臥亀(がき)一族
であるということ・・・」
 
陶興房と塚原卜伝は屋敷に戻ると、庭に面した縁側にすわった。
夕立もあがり、頬をなでるように涼しい風が吹いてきた。
 
五郎が上半身裸になり、木刀を振り続けていたが・・・、
「あっ、気が付きませんでした。おかえりなさいませ」
と言い、そこを去ろうとしたが・・・
 
興房は、
「続けい!卜伝殿に見ていただこう」
「はっ!」と五郎は、嬉しそうに・・・また木刀を振り始めた。
 
再び興房は、臥亀一族についての話をつづけた。
 
その内容は・・・
臥亀一族とは、中国山地の山深いところに生息する謎の忍びの一団であったそうな。
 
特定の主君に仕えるというのではなく、金で仕事を請け負うというのが特徴であった。
誰の指図も受けずこの戦国の世を生き抜くことを矜持とし・・・
 
請負金は途方もなく高いが、
請け負った仕事は十に一つもしくじることはない。
また決して秘密を漏らすことはないという。
 
さらに彼らは天運というものを信奉しており、
三度襲撃しても相手が生き残った場合には、
「天が生きることを命じている」とし、二度と同じ相手を狙うことはなく
しかも、その場合・・・金をそっくり依頼主に返すので
刺客の依頼は絶えることはなかったそうである。
 
その臥鬼一族に生まれると・・・過酷な運命が待ち受けていた。
 
生まれた赤ん坊はすぐに性器の少し上の部分に、
「臥」の文字の焼き印を押された。
 
これに耐えられず、死亡する赤子も多数。
弱き者は臥鬼一族には必要ないということである。
 
また生まれて一定期間がたったところで・・・
棟梁(おかしら)が決めた日に、一晩野原に放置するということも行われた。
徘徊する狼や野犬などの獣に食われることもあった。
運のないものもいらないということである。
 
このようなことを伝えた後、
「義興様は二度の襲撃をすんでのところでかわし、天寿を全うして
畳の上でお亡くなり申した。・・・ただ、三度目の襲来が、
もしやして・・・義隆様にということで、このものものしさになって
いるのです」と言った。
 
「なるほど」と卜伝。
 
その時、家来の一人が庭先から興房の元にやってきて、
なにやら耳打ちをして去っていった。
 
興房が声を低くして
「先ほどの連行された男・・・尼子(大内氏と敵対する大名)の息のかかった
草(敵国に潜入した後、嫁などを娶ったりして、その土地に一般庶民として
馴染んで暮らしながら諜報活動などを行う忍びのこと)ではないかと・・・」
 
「うーむ」と難しい顔する卜伝。
 
五郎は躰から滝のような汗を流し、一心不乱に木刀を振り続けていた。
 
卜伝は、顔をあげて、その姿を見て・・・
「五郎殿、少し相手してしんぜよう」と言うと、
 
「は、はいっ!」と目をきらきら輝かせる五郎であった。
 
赤い夕空にカラスの鳴き声が広がっていた。

TAKAFUSA その4 陶晴賢 父の想い(二)

その4
(二)
 
その夜のこと・・・ 陶興房が書き物をしていると、


 「あなた、お茶がはいりましたよ」と、
妻のお藤が部屋に入ってた。 


「ああ」と興房。 


お茶碗を机におきながら、お藤は興房の横顔をじっと見つめた。
 
「冷たい男だろうと思っているのだろう。長男の興昌を斬ったのも俺だものな。」 


「・・・」
お藤は目を伏せた。 


「俺もさすがに人の親でな・・・子はかわいいものよ。
此度のことも犬に殺されずに、よう帰ってきてくれたとも思う」 
興房は、おもむろにお茶を口にいれた。 


お藤は伏せた顔をあげ、興房の瞳をみつめた。 


「なれどな・・・上に生まれついた人間は、下の人間の命を預かっておる。
その重みを五郎にもわかってほしいのじゃ」
 
外から「リィリィリィリィ」と鳴く虫の声が聞こえた。
 
「卜伝殿があらわれなんだら、又二郎も与吉も百乃介も、
そして、五郎も死んでいたろう。
それも五郎の失態の所為で・・・
上に立つ者の責任(せめ)の重さを、家来たちの命の重みを・・・


つづけて、
「これから先、戦で家来をたくさん失うこともあろう・・・
が、それを当たり前じゃとは思うてほしくなくての」
 
表情の和らいだ妻は、興房に丁寧に礼をして部屋を出て行った。
 
ふたたび「リィリィリィリィ」と鳴く虫の声が部屋に響いた。
 
その数日後、陶興房が山口で評定が行われるため、出立することになった。


塚原卜伝と、やっと父に許された五郎も同行することとなった。
 
卜伝が城を出たところで、視界の下に広がる陽に照らされて美しく輝く瀬戸内の海を見て、


「毎日かようか美しい景色がみれるとは羨ましい。
まさに心洗われる思いがいたしますな」
と興房に言った時・・・
 
一人の武芸者と見える男が卜伝の目の前にやってきて、
「失礼だが、塚原卜伝殿ではないしょうか」 


「いかにも、塚原卜伝である」


その男は年の頃は二十五・六歳だろうか。
巨漢で約百八十センチはあろうかという体躯。
顔の下半分は髭に覆われており、
赤鬼のような顔をしていた。
 
「拙者は、肥後出身の瀬田甚兵衛と申しまする。
誠に突然で、何のだが・・・真剣での立ち合いをお願いしたい!」
と男は卜伝に詰め寄った。
 
卜伝は、
「このような唐突な立ち合いは、断ることにしておる」 


陶興房と五郎は、二人のやりとりを黙ってみつめていた。 


甚兵衛の目が針のように光った。
「どうでもお願いしたい」 


「できぬ!」と卜伝。 


「では、勝手にやらしてもらうまでのこと・・・」
甚兵衛は、少し腰をかがめた姿勢をとった。
 
「どうしてもか?」 


「うむ?」と甚兵衛が頷いた。 


「わかり申した、されば十日後の同じ時刻、ここで!
山口にある大恩人の墓に参るため今回の旅に出た。
それは私にとっては必ず果たさねばならぬこと。
承知していただきたい」
 
「卜伝殿、誠に約束違えず、来ていただけるのかの?」


 「この卜伝が言うこと、信じれぬと申すかー!」と大喝した。


 その厳しい語気と表情は、この数日間の卜伝のおだやかな態度とは
打って変わったものだったので、興房も五郎も驚かされた。
 
甚兵衛も、その迫力に圧され、十日後の立ち合いを承諾した。 


「では十日後、ここで」と卜伝。 


甚兵衛を後にして、卜伝、興房、五郎は歩き出した。
 
しばらく行き甚兵衛の姿が見えなくなったところで五郎が、
「塚原様、本当に立ち合われるので・・・」
 
興房はにやにやしている。


卜伝は、

「今のは真っ赤な大嘘でござる。

あの手の手合いが、まさに雨後の筍のように・・・

一々相手しておっては切りがありませぬ。

それに、あたら若い命を散らすのは趣味ではござらぬ。」


「・・・」と五郎。


「卜伝は、嘘は嫌いだが、この点に関してだけは大嘘つきでござる!

はっはっはっ、十日後は霧のようにどこかに消えてござるー」

と卜伝は大笑いしていた。