kanossaのブログ

歴史小説や時代小説を綴ることを中心としたブログです。
簡単に読めるものを書いていきます。最初は、戦国時代
に主君大内義隆を殺害し、厳島の合戦で毛利元就に敗れ
散っていった陶晴賢(五郎→陶隆房→陶晴賢)を主人公
とした「TAKAFUSA」を書きすすめます。

時代小説「TAKAFUSA」その17 運命(五)

           出典www.kabegamilink.com
まえがき
 今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。そして、毛利元就に会うために爺と一緒に五郎は旅に出ます。今回は怪我している爺と久三が死闘をくりひろげます。



 小鳥のさえずりが聞こえるなか、爺が歩みをとめた。少し先に目をやった。木々の緑がまばゆい。その間から漏れる陽の光の束が、なにやら神々しく感じられた。
 しばらく後、爺はまた歩きはじめた。


 川原につくと、すでに田中久三はやってきていた。
「五郎殿は、ここで」
「爺っ」と五郎が小さく叫んだ
 柔らかな表情を五郎に向けた。
 そして五郎の目に、小さな爺の後ろ姿がうつった。


「お待たせ申した」
「後藤殿、来ていただき有りがたく存じる」と久三がいった。
 つづけて
「本当によろしいので」
「二言はない」
 爺がきっぱりといった。
 その言葉に久三の表情は、吹っ切れたようにすがすがしいものになっていた。
「わかり申した」


 その時、山道の方から人の気配がした。四・五人の男たちがやってきていた。なかに戸板を運んできているものもいた。爺と久三は、村長(むらおさ)に果たし合いの立会と後始末を頼んでいたのであった。
 爺が、村長の方を見た。二人の目があった。爺が軽く頭を下げた。そして、爺が久三をみつめると、久三は頷いた。
 五郎は、今からはじまるのだと思うと気が気ではない。顔は青ざめ、目は怯えの色を帯びていた。怪我をおっている身で闘いにのぞむ爺が心配でならなかったのである。


「はじめましょうか」と爺がいった。
「では」と久三。
 二人が刀を抜き合った。久三の刀は三尺(約90センチ)をこえる、刀身のあついものであった。それに対し爺の刀は二尺二寸(約67センチ)である。
 大きな刀。そして久三の並外れた力。二つの刀がぶつかれば、爺の刀は間違いなく折れる。五郎はそう思った。爺は久三の刀をかわし、久三より速くうごかないと。しかし、爺は久三は、とてつもなく速く動くといっていた。どうなるのか。
 向かい合った二人は水と炎のように対照的だった。爺は上段で構え、その表情は仏像がかすかに笑っているようにも見えた。して、そのまま動かない。久三もやはり上段で構えたままじっとしている。が、さきほどのさっぱりした表情とはうって変わってまるで鬼のような形相になっていた。五郎は久三の全身から火がふいているような気がした。


「こりゃ、勝負になるめえ。あんなにこまい爺様すぐやられちまうぞ。かわいそうにな」
と村人がいうと、
「そうかな。あの爺様ただものではない気がする」
 村長が、二人を凝視しながら神妙な表情でいった。


 先に動いたのは久三だった。
「うおー」
 大声で叫んだかと思うと、爺の方へ鋭く踏み込んだ。速い。びっくりするほど速い。そして怒涛のように、刃をふりおろした。
 爺も負けないくらい速い。俊敏な動きでよけながら、紙一重でかわしていく。
 足は大丈夫なのかと、五郎が考えた時、後退する爺の態勢ががくっとなった。
 そこに久三の袈裟懸け。爺が体をうしろにそらす。が、刃は浅く爺の胸を斬った。そして久三は、刀をすりあげた。瞬時に爺は一歩下がり、刃をよけるや否や強烈な突きを久三に食らわせた。
 すると久三の巨体が、まるで猫のように後ろに跳んだ。その俊敏さに五郎はおどろいた。爺のいったとおりだ。


「本当だ。村長がいうように、あの爺様もすげえな」
「が、爺様斬られなさったぞ。なんであんな年で斬り合いなど」
「あの侍、爺様の命を火事の時に助けなさったそうな。次の日にゃは二人で楽しそうに酒を飲んでたって聞いたぜ」
「殺し合いするなら、なぜ助けたのかな。訳わからねえや」
と村人たちがいうのを聞き、村長が、
「お二人とも御立派な方。きっとやりとうのうても、やらなきゃならぬ深い事情があるのだろう」


 向かい合った二人だが、見ると爺の着物は血に染まっていた


 すると久三は、またしても
「うおー」と叫び、猛烈な勢いで爺に向かっていった。爺がおされながら、後退していく。そして、なんとそのまま川の中へ。水しぶきがあがる。久三も川に入り、嵐のように刃を走らせた。
 と、後退していた爺が左足を滑らせ、仰向けにこけた。久三が迫る。
 爺を見おろした久三が大刀を振りかぶった。
「やあっ」
 渾身の力で刃をふりおろした。
「爺-」と五郎が叫んだ。 
「ばしゃっ」というおおきな音。
 水が大きく撥ねた。何も見えない。
 撥ねた水が落ちた。
 なんと久三の大刀は、半分に折れていた。川底の石にぶつかったのである。
 爺はどこへ。
 まるで、海老のようね跳ね、一間(約1,8m)横に移動していたのである。
 手に刀はなかった。
 この時のことを、自分でも何をどうしたのか覚えていないと、後に爺は語っている。


 久三は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに倒れた爺のところへ。
 爺が起き上がりかけたけたところに久三が。爺の体を掴むや否や、豪快に投げた。
 宙を舞い水面に落ちる爺。体をうまく丸め衝撃を小さくした。水しぶきが大きくあがる。その水しぶきが落ちたときには、脇差をかまえた爺が立っていた。


 そこに、久三が脇差をきらめかせ獣のように襲いかかる。二人の刃がぶつかり、火花が飛んだ。両方とも刃が欠けた。その刹那、久三が一閃。爺の頬をかすめ、血がにじみ出た。
 久三が再び刃を振りおろした瞬間、爺がなんと横へ跳んだ。そこには大きな岩があり、その岩を蹴って今度は久三の方へ跳んだ。空中に飛んだ爺と久三が交錯する。刃がきらめいた。爺が久三の肩口を越え、川の中に着水した。
 久三の肩口から、血が噴き出した。


 一瞬二人はにらみ合ったと思うと、両者走り寄った。相手の刃を互いにかいくぐりながら、斬りあう。そして刃どうしがぶつかる。刃がすべる。それが止まった。刃の欠けた部分どうしががっちり噛みあったのである。動かない。背丈六尺を越える久三がものすごい力で上から爺の脇差を抑え込む。爺の腕が震えながら徐々に下がる。ゆっくり下がる。久三の脇差の刃が爺の額にせまる。


「あー爺」と五郎が叫ぶ。
 五郎は爺に止められていたにも関わらず、川原の石に手をのばした。


 その時だった。
 爺は瞬時に半歩下がりながら刀を捨てた。久三は、そのまま前につんのめった。爺の目の前を刃がかすめた。
 と、爺は飛び跳ね、その右膝を久三の顎に叩き込んだ。久三の手から脇差が落ちた。
そのまま爺は後ろにまわり、首に両足をかけた。久三と爺が後ろに倒れる。水が大きく撥ねた。
 爺が足で首をぐいぐいしめる。久三が水の中でもがく。激しくもがき、肩から上を動かし、爺を引き離そうとするが離れない。
 すると爺に首をしめられたまま、立ち上がろうと。片膝になり、そして震えながら渾身の力を振り絞り、二本足で立った。
 顔色がみるみる赤紫色に変色していく。苦悶の表情。両手で爺の足をつかみ引き離そうとするが、離れない。
 そして、立ったままの久三は、ついにゆっくりと崩れ落ちた。


 村人と五郎たちが川の所へやってきた。
 血だらけの爺が、
「戸板で田中殿を」といった。久三の顔には赤い斑点がたくさんできていた。
 五郎が、涙目になりながら、
「爺っ」というと、
「また旅をつづけることができますな」とにこりとした。


 左足をひきずりながら河原へあがってきた爺は、なにやら村長と話していた。
 村長が、
「怪我の具合は」というと、
「こんなものは怪我のうちに入りませぬ。気遣いは無用。とにかく田中殿を頼む。しばらくすれば意識も戻るでしょう。また肩の傷は結構ふかい。治療の方を」
「目が覚められたら」爺が言葉をとめた。
「いかがいたしましょう」村長が聞いた。
「さて、田中殿がどうされるのかはわかりませぬ。腹をめさるるかもしれません。それは、しようのないこと。ただ一言だけ。この老いぼれがいつの日は、またお目にかかりたいと申していたとそれだけ伝えていただきたい」


 爺と五郎は、村人たちが久三を戸板で運んでいく後を、ゆっくり歩いた。


 その夜のこと。
「爺、本当に大丈夫」
「もちろん。昔から怪我は温泉に浸かってなおしてき申した」
 爺が温泉に入るというのである。足をまだ引きずっている。
 五郎は心配そうに、一緒にやってきた。


 爺の体をしげしげとみた。小さくはあるが老人とはおもえぬほど鍛えられた躰である。ただ左足は、五郎が昨日見た時よりもっとどす黒い紫色になっていた。胸の傷は浅いとはいえ、生々しい。頬の傷はそうたいしてことはなかった。この小さな躰でよくあの大きな男と闘ったものだと思った。
 しかも、あの足の状態で。
 爺の、
「人はやりたくなくとも、やらなければいけぬ時がある。爺はそう考えまする」という言葉が五郎の頭の中によみがえってきた。人が生きるとは、そのようなものか。五郎は深く考えさせられた。そして、この言葉は五郎の心深くに刻みこまれていくことになった。


 爺は、左足をかばいながら湯に浸かった。
「五郎殿、気持ちがよいですぞ」といった刹那、
「あっ」顔をしかめた。
「爺」
「胸の傷に湯がしみたでござる」とにこにこと笑った。


 体を洗うため湯をあがったところで、五郎が、
「爺、ひとつお願いをしてもいい」
「五郎殿の願い。珍しいですな。なんぞ、うまいものでも食いたいとでもいうものですかな」


 真面目な顔で五郎がいった。
「爺の背中、流してもいいかな」


「五郎殿、お願い申す」


 月の光の下、爺の背中を流す五郎の目には、うっすらと涙がにじんでいた。





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時代小説「TAKAFUSA」その17 運命(四)


まえがき


 今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。そして、毛利元就に会うために爺と一緒に五郎は旅に出ます。今回は、爺と立ち合うことが決まった田中久三が、これまでの自分を振り返ります。


 立ち合いの場所に久三ははやくついた。その場所は河原であった。
 久三は川面をみつめた。水がゆるやかに流れている。耳を澄ますと、その水の流れる音。心地よくきこえてくる。まるで時間がとまったような感覚を久三は感じていた。


 久三は、頭のなかでいろいろ振りかえり考えていた。


 いよいよだ。諸国を巡り歩き、もう会えぬかもと思ったことも。しかし、ついに。巡りおうた。亡くなった四人の仇をいよいよ討てる。長かった。


 が、後藤殿と一緒にいた五郎殿。必死だったな。昔の自分にも重なって。後藤殿が死んだなら、同じようにわしのことを怨むであろう。
 
 しょうがないではないか。仇を討つ。それだけを。それだけを考えて生きてきたのだ。居所も定めず、仕官もせず、嫁ももらわず生きてきた。時折、子などをあやす母親を見て、羨ましくも思った。仕官の口も数多あった。が、全部断ち切ってきた。
 いや、一度だけ。関東のさる大名のところに長逗留したとき。あの時ばかりは、心がぐらっときたがな。
 あの父上と笑顔が似ている殿さま。
「久三よ。もうよいではないか。己の人生を生きてみよ。わしのもとで働け。いや、働いてくれ、久三」といわれた時には、それでもよいかと思った。
 しかし、その夜、夢で見てしまった。天狗が兄上や叔父上を倒すのを。
 それでだめだと思った。別れの時の、殿さまの寂しそうな顔。忘れられない。
 
 そう、あの化け物のような男。人から天狗のような動きをすると聞いていたから。そんな夢を見たんだろう。あ奴を倒すために心血をそそいできた。あの敏捷な叔父でさえやっつけた奴。すごい奴。おそろしい奴。
 
 倒すには、尋常じゃない速さを身につけねば。そのために山の斜面を全速力で駆け下りた。体に速さを馴染ませるために。何度もこけ、傷ついた。木に頭をぶつけ半日気絶していたことも。
 水を満杯にした桶の栓を抜き、全速で打ち込み百本、終わるや否や栓を閉じた。最初水はほとんど残らなかったのに、数年経つうち半分以上残るようになった。
 そして、いつも天狗のような奴を脳天から一刀のもと、たたき斬る姿を思い描いた。刀身の重みを使い、相手が刀で受けようが、刀ごと相手を二つに割く姿。刀は長く、そして刀身の分厚いやつがいい。しかし、それを使いこなすには。


 そう力がいる。そのために、大石や木の幹を切ったものを担ぎ、傾斜のきつい山を数限りなく登った。太い鎖を何重にも首にかけ、四股を踏み続けた。
 宿でも寺でも大名の城でも泊った場所では、金など要らぬから薪割りをと申し出た。いつしか右手と左手に斧を握り薪割りができるようになった。そして大力のある男でも簡単には割れぬ薪を、片手で軽々と断つことができるようになっていた。薪割りの薪はいつも天狗だと思い割った。


 それにしても、あの五郎殿。おれが、おかしいと。後藤殿のことを思い必死で。おれがおかしいのはわかっている。しかしだ。やらなければいけないのだ。それに後藤殿自身が承知したのではないか。だのに、なぜおれがおかしい。おかしくないだろ。


 でも、お前が五郎殿なら。おれが五郎殿なら。やはり、必死でやめさそうとするだろう。ならお前がおかしいのでは。いや、おれはおかしくない。人は立場により、違う考えになってしまうものなのだ。



「ほれ食え、お前の好きな鴨肉じゃ」
叔父上が、鍋の鴨肉をとって口に何度も運んでくれたな。父が死んですぐの頃だったな。
「そうよ。たんと食べて兄様たちのように大きくならんと」
伯母上は、優しかった。いつもよく抱きしめてくれたものじゃ。
「久三はね。うちの子だからね。何も遠慮はいらないからね。うちの子だからね」
そういいながら、抱きしめてくれた。
「久三早う大きゅうなれ、大きくなったら、みっちり仕込んでやるからな」
兄たちはよう遊んでくれた。楽しかった。大好きだった。外では弁慶と恐れられていたが。おれにはいつも温かかった。


 それを。それをこわしたのが、あの後藤殿とは。悪鬼羅刹のような男だと思っていた。そう思い描いていた。その悪鬼羅刹のような天狗をたたき斬ることだけを思って生きてきたのに。後藤殿は。後藤殿は、悪鬼羅刹どころか。自分の命を顧みず、人を助けようとする菩薩心にあふれたお方。びっくりしたわ。


 しかし、やはり父や叔父上たちのため。斬らねばならぬ。本当にそうか。自分のためではないのか。いや、どうなのだろう。いずれにせよ後藤殿は承知してくれたのではないか。
 お前は仇をとるために、厳しい修行をしてきのではないのか。


 その通り。名のある剣術家のもとを訪ね、いろいろ伝授してもろうた。かなり、自信がついた時、塚原卜伝様のもとを訪れた。弟子の方々と切磋琢磨する中、誰とやっても負ける気はしなくなった。そこで、おもいきって卜伝様に木刀での打ち合いをお願いした。
「久三よ。腕をあげたそうな。みせてみよ」
 卜伝様はそういった。


 おれは全力でぶつかった。おれの上段を木刀でうけたなら、たいがい折れるか、手から木刀が飛ぶ。卜伝様でも、そうなるか。必死で木刀を卜伝様にあびせた。が、当たらない。すべてかわされた。そして、卜伝様の木刀が、おれの体いたるどころで寸止めされた。技量の差を思い知った。天と地の差だ。あれだけ。あれだけやってきたのに。衝撃をうけた佇んでいるおれに卜伝様は近づいてきた。


 して、おれの耳に入ったのは意外な言葉だった。
「びっくりしたわ。これだけの技量。今まで出会うたのは数人」
 卜伝様は決して嘘をいうようなお方ではない。正直おれはうれしかった。
「久三よ、さらに強うなりたいと思うなら、戦場に出てみよ。戦場での経験はさらに己の技量高めるのに役立とう」
 その後、言葉にしたがい幾多の戦場で働いた。また、多くの立ち合いも重ねた。誰にも負けなかった。大いに学びにもなった。さらに自信もついた。 
 振り返ると出会った武者の中で、卜伝様だけが。そう卜伝様だけが別格だったということが改めてわかった。


 後藤殿の技量は。どうなのだろう。本当に天狗のように強いのか。しかし、相当お年もめされた。当時の力量は保たれているのか。どうなのだろう。
 関係ないではないか。強いか弱いかなんて。お前は仇を討てばよいだけ。それだけ。ただそれだけのことよ。


 それにしても。五郎殿。あの必死の形相が何度もおれの頭に浮かぶ。中途半端な気持ちではいかぬ。迷いを絶たねば。絶たねば。


 と、突然、
「ちゃぽん」という音。


 川の魚が跳躍し、水に落ちた音だった。久三は、これで我にかえった。


「そろそろ、約束の刻限か」
 久三はつぶやいた。そして、迷いを断ち切らねばと再び思った。後藤殿が来られたら、もう一度だけ確かめ。それで、やるということなら、頭の中からすべてを取り去り、後藤殿とぶつかることだけに全力をそそぐことを決めた。


 その時である。河原の端の山道から、爺と五郎が姿をあらわしたのは。
 久三の全身になんともいえぬ感情がひろがった。


 いかにも初夏らしく、空は青々と澄みわたっていた。






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時代小説「TAKAFUSA」その17 運命(三)

まえがき


今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。そして、毛利元就に会うために爺と一緒に五郎は旅に出ます。今回は、田中久三と立ち合うことになった爺を、五郎は必死で止めようとします。


 部屋に戻った爺は、久三とのやりとりのありのままを五郎に話した。
 そして、つづけてこういった。
「さて田中殿の腕は尋常ではござらぬ。間違いござらぬ。場合によっては、ここからは五郎殿一人で旅をしなくてはならないことになるかも」
「どうして、しなくていい立ち合いを爺はするのじゃ。爺は何も悪いことしていない。田中様の逆恨みじゃないか。それに、田中様もそう思っていて、やらなくてもいいっていってるのに。なぜ。なぜ」

 話しているうちに興奮し、声が大きくなっていた。五郎は同じようなことを何度も何度もいった。 
 爺はだまって目を閉じて、耳をかたむけていた。
五郎の言葉がとぎれたとところで、爺は右目をあけて五郎をまっすぐにみた。


「五郎殿のいうとおりかも。が、これが爺の生き方でござる」
 静かではあるが、信念に満ちた声できっぱりといいきった。


 その声を聞き、爺はもう絶対にあとにひくことはないと思った。出会ってからこれまでの爺との思い出がさまざま頭の中をよぎった。爺を失いたくない。あの体の大きな田中という男に憎しみを感じた。あいつさえいなければこんなことにならなかったのに。五郎は、もう何もいわなかったが、心の中は悶々としていた。


 その後、二人は床についた。夜中、五郎は目が覚めた。うっすらとみえたのは、坐っている爺の姿であった。目が慣れてきた。凛とした姿勢で爺は、端坐していた。毎朝、やっているやつである。このまえ爺は神仏に祈るのではなく、死を想っているといっていたが。きっと今もそうなのだろうと五郎は思った。そうすると急に涙がこみあげてきた。
 朝起きると爺は書き物をしていた。
「五郎殿。わしが倒れた時のために、興房殿に手紙をしたためておる。その時には、それを
手渡していただきたい」
「はっ」
 五郎は、悲しい気持ちになりながらそう返事した。


 部屋を出た五郎は、久三のもとへ向かった。
部屋の中で、五郎は厳しい形相で久三をみつめていた。
「田中様、はっきりいいますが、この立ち合いはやめていただきたい。田中様はおかしゅうございます。後藤様(爺)は何も悪いことはいたしておりませぬ。田中様の兄上、叔父上のことは気の毒にございますが、それは戦場(いくさば)でのこと。和睦もなったと。怨むのは筋違いにございます」
 刺すように五郎はいった。


「そのとおり」
 久三は、顔色一つかえることなくいった。
「まさにそのとおり。しかし、そのことを承知しながら後藤殿は引き受けられた。違いましょうか」
「違いましょうか」
 久三は冷たい声でいいはなった。
 五郎は、返す言葉がなくなり、情けない気持ちになり部屋を退出した。
 五郎が出て行ったのも見届けた久三は、目をつむり下を向いていた。そして、目をあけたかと思うと、今度は高いところを向きじっと何かを考えていた。その表情は苦渋に満ちたものだった。
 部屋にもどると爺がいなかった。心配になった五郎は、宿の主に爺の行方を知らないか聞いた。主は、少し離れた野原で剣術の稽古をしていると教えてくれた。そこへ行ってみた。すると爺が真剣を振っていた。五郎はなにか変な感じがした。何かがちがう。ずっと爺から剣のてほどきを受けてきた。いつもと何かがちがう。そうだ。動きのキレがあまいのだ。わざとだろうか。五郎は爺の動きを、くまなく見つめた。そして五郎は、爺が左足をかばいながら動いているのではないかと思った。


 爺の稽古が終わり、五郎は爺にちかづいた。そして、左脚を凝視した。左脚の足首からしたが紫色になっており、異常に腫れていた。
「爺、ひどい怪我。こんな状態で立ち合いなどできない。爺、やめてくれ」
「心配してもらい、ありがたく感じる。しかし、もう決めたこと。やめませぬ」
「どうして。満足に動けないのにどうして」
「五郎殿、戦(いくさ)において、今日は調子がよくないから、やめてくれなどということが、ありましょうか」
「戦いとこの度の立ち合いとは、全然ちがうはず」
「他人(ひと)は知りませぬ。
が、爺にとっては同じこと。人はやりたくなくとも、やらなければいけぬ時がある。爺はそう考えまする。もう決めたこと。考えを変えるつもりはありませぬ」


 部屋にもどった爺は、
「すぐに戻ります」といって、どこかへいった五郎を待っていた。
そして、戻ってきた五郎に向かい、
「興房殿宛です」といい、手紙を五郎に手渡した。
 その時、爺の視線が五郎の懐に向けられた。
「五郎殿、お気持ちはありがたい。が、かえって迷惑なこと。懐のものは、出していただきたい」
「えっ」
 五郎は、さっき河原へいっていたのだ。石投げの名手である五郎は、何かの時には、石で爺を助けようと思って、投げやすい石をたくさん拾ってきて懐にしまっていたのである。五郎は懐から石をとりだした。
「五郎殿、田中殿は立派なお人。そして、腕前も前も申したようにすさまじい技量をもっておられる。やると決めた以上、邪魔だてなしで、まっすぐに闘いたい。爺の願いでござる。」
 軽く五郎に頭をさげた。
「また、こんな世をずっと生きてきた性か。無性に心おどる己がいることも確か。我ながら呆れておる」
 爺はにやりと笑った。
「田中殿か爺か、いずれが勝つか。それはわからぬ。が、五郎殿にはしっかりと見届けていただきたい。どっちにせよ、得るものはあるはず」


 その時、宿の主から声がかかった。
「後藤様、火事で助けたおこととその母親がお礼にまいっております」
「ああ、それではそっちへ向かいます」


 宿の前に、おこととその母お吉がたっていた。二人は爺に、何度したかわからないくらい繰り返し頭を下げた。
お吉が、
「田中様は、もうすでに今日はおでかけになっておられるとか。また来ようとは思うのですが、すれ違いになるやも。もしお会いになるようなことがあれば、くれぐれもよろしくお伝えくださいませ」というと、横のおことが、 
「おじいさん、どうもありがとうございました」とぺこりと頭をさげた。
 そして、
「これ、どうぞつまらないものですが」とお吉がなにやらくれたのであった。
 おことの腕の中には母猫のスズが抱かれていた。まだ、あちこち毛が焼けた跡が残っていたが元気そうだった。おことが、なでると
「にゃあ、にゃあ」と声をあげた。


 部屋にもどり爺がお吉にもらった包みをひらいた。餅が入っていた。
「五郎殿、美味そうな餅ですぞ。いただきましょう」
 その餅は、なかに餡がはいっていた。当時ふつう使われていたのは塩餡である。砂糖は当時高級品で簡単には手に入らなかった。甘い餡が当たり前になるのは、もっと後のことである。で、その餅はまたきな粉でくるまれているものだった。
「ほれ、五郎殿たべなされ」
  五郎は、これから爺が生きるか死ぬかの闘いに向かう前に餅など食う気がしなかった。
「五郎殿、戦になればいやでも腹にものをいれねばならぬ。さ、ほれっ」
 爺が、優しい声で語り掛けた。
 五郎が、ゆっくりと餅に手を伸ばした。そして口に入れた。柔らかい餅と塩味でひきだされる小豆のほのかな甘み。それにきな粉の香ばしさがくわわって。なんともいえず美味い。こんな時にでも、食い物が美味いと思ってしまうことが五郎はうらめしかった。


「人が腹に物をいれる。美味い。それがあたり前」
 爺は目元をゆるませながらそういった。
「少々のことで胃がものを受けつけぬような人間に、人を束ねることはできませぬ。飯がなくとも泰然と。食えるもがあればいつも美味く食う。これが肝要。
五郎殿、これは軽口でなく本当のこと」
 そう話す爺の顔を五郎は泣きそうな思いでみていた。


「さて、五郎殿そろそろいきましょうかの」
 爺は、散歩にでもいくように軽い口調でいった。







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