kanossaのブログ

歴史小説や時代小説を綴ることを中心としたブログです。
簡単に読めるものを書いていきます。最初は、戦国時代
に主君大内義隆を殺害し、厳島の合戦で毛利元就に敗れ
散っていった陶晴賢(五郎→陶隆房→陶晴賢)を主人公
とした「TAKAFUSA」を書きすすめます。

時代小説「TAKAFUSA」関連  戦国時代

 いつもブログのぞいていただいてありがとうございます。
このところ仕事が忙しく、なかなかパソコンに向かう時間がとれません。


「TAKAFUSA」は戦国時代が舞台なのですが、あまりよく知らないので
調べ調べ書き進めています。
テレビでみる時代劇とは、また違うのだなというのがいろいろわかって
おもしろいです。


ぽこにゃん様から、「のぼうの城」が参考になるのではというご意見を
いただいたので、アマゾンで中古を購入しました。
 ぽこにゃん様 いつも貴重なご意見いただき本当にありがとうございます。

 このペースでいくと、何時になるかわかりませんが、毛利元就が籠城して戦う
吉田郡山城の戦い(1540~1541)を描くときに生かしていきたいと思います。


 戦国時代を調べていると、何度も藤木久志さんが書かれた『雑兵たちの戦場』
がでてきます。

 戦国時代の戦争は、大名たちの勢力争いとうイメージで一般的には理解されています。
そして、農民たちは哀れな被害者という描かれ方が多いと思います。


 この本は、その感覚をひっくり返します。
あの時代は気候の関係でしょうか、非常に飢饉が多かったそうです。だから食えなかった。
で、戦争をして他地域の食い物、財、そして人までもかっさらってきて、自分たちの生活
の足しにしていたそうです。
 戦争はそこに住む人々の要請により行われていた側面も強い、という考えは、あまりよく
わかっていない私にとっては斬新でした。
 戦争に行けば、飯がもらえる。少なくても飢えはしない。だから、爺さんも子ども参加し
ようとした。嘘だろ!と思いますが、大名がそれを禁止している事例がたくさんあるのを
みると、まま行われていたのだろうということだそうです。
 そして、戦争に勝った場合は、大名が地域と期間を限定し、何でも取り放題を許可した
そうです。ヤッホーという感覚だったかもしれませんね。


 いろいろ勉強して、「TAKAFUSA」に反映できればと思っています。


 さてまったく戦国時代とは関係ないのですが、明日、あさってと、とっても寒く
なるということだったので、美味しいスープが飲みたい気持になったので、今日は
鳥ガラスープをつくっています。




 今4時間弱煮たところです。途中で、ネットみてキャベツをたしてみたのが、よしと出るか
裏目に出るか、楽しみです。あともう数時間煮込んでみたいと思います。


 今ダイエット中で食べることはできないのですが、こんなのがとっても
食べたくなりました。


ラーメン・スープたれcom 和弘食品株式会社の写真掲載
http://www.ramensoup-tare.com/recipe/products/detail.php?product_id=409


時代小説「TAKAFUSA」その17 運命(二)



まえがき


今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。そして、毛利元就に会うために爺と一緒に五郎は旅に出ます。今回は爺と大男の関係が明らかになっていきます。




 次の日、爺は五郎にこう伝えた。

「五郎殿、わしは今日は書を読んだり物を書いたりいたすので、五郎殿は山で剣の修行を」
爺はゆうべあのようなことがあったので疲れているだろうと思い、
「わかりましてございます。川のほとりで坐禅と剣の修行をいたしてまいります。夕刻には戻ります」といい、大きな握り飯二つと梅干と味噌を宿の主人に包んでもらい、石ケ谷峡に出向いた。滝のみえる川の中にある巨大なひらたい石の上で五郎は坐禅を行った。山の森閑とした空気、新緑の香り、川のせせらぎが五郎の五感を刺激した。何も考えず、と座っているのだが、頭は様々なことを考えてしまうのであった。
 火が燃えている時、爺は命をかけて家に飛び込んだのに、自分は何もできなかった。ただ茫然としていただけだった。あの大きな男も爺同様に行動したのに。自分はなんてつまらないのだろう。泉屋善右衛門の襲われた時も、犬に襲われた時も、爺や又二郎に助けられただけで何もできなかった。こんな自分で陶の家を背負っていけるのだろうか。陶の家をだめにしてしまうのではないか。いつか、爺や父のような強い男になれるのだろうか。と弱気になったり、いや絶対に強い男になる。ならなければいけないという思いがあふれてきたり、五郎の気持は大きく揺れ動いていた。


 坐禅のあと、五郎は不安な気持ちを打ち払うように木刀を振り続けた。とにかく振り続けた。すると、五郎は不思議な感覚にとらわれた。木刀を振ること以外、何もないのである。さっきまであった雑念が忽然と消え、その消えたことに意識が向くこともない。どころか、自分自身さえなくなったように感じていたことに後で気が付いた。なのに、周り見えていたのである。自分の目が見ているというのではなく、周りの自然に自分自身も溶け込んでいるかのような、なんともいえない感覚であった。どのくらい時間がたったかも自分ではわからなかった。わかったことといえば、ざわめいていた己の心が、まるで水面のように落ち着いていたことであった。
 
 夜になり、宿の主人が昨日のお礼ということで食事をもてなしてくれた。案内された部屋に行くとすでのあの大きな男がおり、
「昨夜はどうも」といった。
「こちらこそ命をたすけていただき心から感謝つかまつる」
 背筋をのばし爺が丁寧に答えた。横で五郎も頭を下げた。その後、お互いの名を名乗った。男の名は田中久三といった。爺と男は酒を飲みながらいろいろよもやま話をした。五郎は食事を終えると、自分たちの部屋のほうへ戻った。爺と久三は、飲みながら話をつづけた。やがて話は男の身の上話にうつった。
 
 男の話はつぎのようなものであった。
 
 男はずっと剣の修行をしながら旅をしているとのことだった。何でも赤ん坊の時に、さる武士に拾われたとのこと。その武士は、妻と死に別れ十四と十六になる子を育てていただのが、二人も三人も同じということでその赤ん坊も育てたのだそうだ。
 それは可愛がられて育てられた。その武士にも、そしてその子たちにも。やがて、自分が四つの時にその武士が流行り病で亡くなった。すると代わりのその武士の弟と妻が、三人の子をわが子のように育ててくれたのであった。二人の兄は、仕える大名の家中においてめきめきと頭角をあらわし、体が二人とも大きかったので「二人弁慶」とよばれていた。また、叔父は逆に躰が小さかったが、まるで獣のように俊敏に動き敵を倒したので「今義経」の異名をとっていた。この「二人弁慶」と「今義経」たちが出てくると戦の流れががらっと変わってしまうので、近隣の大名たちからは恐れられていたとのことである。
男が八歳になった時のことである。ある大名と戦になった。男は戦場(いくさば)にいったわけでなないのだが、その時の様子を何人もの人間から聞いたそうである。
 
 戦の初日、兄二人と叔父の大活躍で敵を押しまくったそうだ。二日目にはこちらが側の勝ちで決着がつくように思われていた。次の日、案の定いつものように兄たちや叔父が大暴れして、敵を大崩れさせるだろうと思われた時、一人の小男があらわれた。鎧はつけているが、兜はかぶっていない。手には刀を持っていた。
 
 上の兄が大音声(だいおんじょう)で、
「貴様は馬鹿か、具足武者相手に刀で向かうとは、のけ」というと、
その小男の目がきらっとひかり、
「いざ、尋常に勝負」


「馬鹿につける薬はないわ」といいざま、
 槍を猛然と突っ込んだ。小男は前に突き進み、瞬時に槍とよけた。と、兄の左手の親指を刀で落とし、そのまま刀を返し、柄を兄の両目の間に叩き込んだ。その箇所が大きく陥没し、兄は崩れ落ちた。ほんの一瞬のできごとだった。その動きはとても人のものとは思えなかったそうな。
 
下の兄が
「くそー」といい、その男の前にでた。
「えい、おー。えい、おー」と槍を鋭く繰り出すのだが、小男はそれをヒョイヒョイとかわす。そして、何度目のことか。かわしざまに、刀を捨てそのまま槍をつかんだ。それを強烈に引きながら足元に滑り込み、下の兄の足をかけ倒した。その後組打ちになり数回地面の上を二人は転がった。
 ぱっと立ちあがったのは小男だった。転がっているさなか、脇、股、顎の下に鎧通(よろいどおし)を突き刺していたのである。下の兄の体からは、おびただしい血が流れ出していた。
 
 それを見た叔父が血相かえて、その小男に対峙した。
「そちの名は」
「後藤治右衛門」
「見事な腕じゃわ。二人の仇をうつ。いざ勝負」
「今義経殿とお見受けした。望むところよ」
 叔父は刀で斬りかかった。叔父の刀さばきの速さは家中随一である。しかし、小男はそれを必死でかわす。小男の手には鎧通しかない。叔父の踏み込みは鋭い。すごい速さで小男も後ずさる。が、小男の足がもつれ、豪快に後ろに倒れ一回転した。そのしゃがんだ姿勢の小男の左首に叔父の刃が振り下ろされた。首をたたき切ったと思われた瞬間、刀の刃が折れ飛んだ。小男は、倒れた時に一瞬で大きな石をつかみ刃を防いだのであった。で、そのまま石を叔父の脳天に叩き込んだ。兜の上からだとはいえ、その衝撃は大きく、叔父の体はふらついた。すかさず小男は、鎧通を叔父の左耳下に突きこんだ。
 
 あっという間に、「二人弁慶」と「今義経」が一人の小男ににより倒されたのである。敵方は、これを境に猛烈に勢いづき、闘いを優勢にすすめた。三人を一挙になくした味方の衝撃は大きく、ついに和睦することとなった。
 
 叔父と可愛がっていた兄の子二人を亡くした叔父の妻は、その後二年で亡くなった。自分を拾ってくれ、愛してくれ、本当の子どもとなんら変わることなく育ててくれた人々はみんないなくなったのである。いくら戦の上でのこととはいえ、その小男のことを激しく怨んだとのこと。聞けばその小男は、正式の家来ではなく、その大名のところにたまたま食客として滞在してたとか。なんでまた、そのような時に。天も怨んだそうな。
 殿さまはじめ、まわりの者は、家を継いで立派な武士になれとすすめたが、皆がいなくなってしもうては意味がないと思い、十三歳になった折に旅にでた。幸い多くの財を残してくれておった上、殿さまも多額の銭を餞別としてくれたので金に困るようなことはなかった。生きていても意味はない。ただ生きるのは、その小男を探し出して斬るだけ。そう思い定め生きてきたそうな。
 ただそ奴は天狗のように強い。何としても強くならねば。何としても。その思い。その思いだけで。それこそ血のにじむような修錬を何年も何年も続けた。高名な遣い手がいると聞けば、訪ね教えを請うた。ある程度自信がついてからは、あっちこっちの大名に世話になり、戦場をかけめぐってきた。強い相手にも挑んだ。それで死ねばそれまでのこと。何としても強くならねば。ただただその思いだけ。いつかあ奴を斬る。その思いだけで生きてきたのである。
 
 このようなことを語ったあと、久三は杯の酒をゆっくりと飲みほした。
 
 爺が、久三をを見つめ、
「田中殿、いつごろ気がつかれたのかの」
「風呂で会うた時に、もしやとは思いもうした。が、そんなことは今までも数知れずあったこと。また間違いやもしれずとも思うた。部屋に戻り、気になったもので悪いとは思うたが、主には内緒で宿帳を見た」
 久三は一息おいて、言葉をつづけた。
「驚きもうした。今まで長年追い続けた仇をやっとみつけたのですから。もう逃すわけにはいかぬ。朝早く訪ねて、果たし合いを申し込むつもりでした。ところが、その夜起こったのがあの火事。叫ぶ母親の声を聞き、家に飛び込んだものの火の海。そこで後藤殿の後ろ姿をみつけた。あの状況で娘を助けにいくのは無謀。というか死ににいくようなもの。あきらめられるだろうとみていると、なんと飛び込まれた。正直驚いた。その後のことは、ご存じのとおり。あの時、箪笥を差し入れたは、心底お二人を救おうと思うて。仇だということも忘れてしもうていた。」


「そうでありましたか。風呂で会うた時に気づかれておられたのですね。憎い仇。何年たっても忘れようはずがないですな。さて、今思いだしましてございます。あの戦ののち、和睦が終わり、その帰る道すがらのこと。一人の少年に厳しく睨みすえられたこと。近くの者が、二人弁慶と今義経の一族の少年ということを教えてくれもうした。あの時の少年が田中殿であったとは」
 
 久三はなんともいえない表情をうかべていた。
「後藤殿が、酷き人間であったならばと思いまする。斬ることになんの斟酌もいらぬ。が、後藤殿は人の命を救うために身を賭して向かわれるような義のお人。火事以来、わたしは悶々と」
「そうでございますか。しかし、それはたまたまのこと。私はろくな人間ではありませぬ」
「また、叔父や兄二人を後藤殿が斬られたのは戦場でのこと。そのことを恨むのは逆恨みで筋が通らぬこと。筋が通らぬ理屈で、義のある人を斬ってよいものか、悩みもうした」
 久三は眉間にしわを寄せていた。
「が、やはり捨て子であった私を生かしてくれた四人のことを想うと。たとえ筋が違っても、
酷い男と罵られようと、後藤殿を斬らねばならぬという気持ちが勝(まさ)ってございます。いや、もしかしたら、そのことだけを望みにして生きてきた自分をなくすのが恐ろしいのかもしれませぬ。自分でもよくわかりませぬ。ただ、この果たし合いが理不尽であることは重々承知しておりまする。一度だけ申しまする。一度だけ・・・。
後藤殿、果たし合いに応じていただきたい。」
 久三は、ここで一呼吸おいた。
「もし、後藤殿が断られるなら、それで結構でございます。昨夜の火事で、私の仇は死んだと思うことにいたしまする」
 爺はもっていた杯をおいた。
 二人の沈黙の中、外で鳴いている蛙の声がひときわ大きく部屋に響いていた。


 静かな落ち着いた声で、久三の瞳をまっすぐと見据えながら、爺は答えた。
「お引き受けいたしましょう」





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時代小説「TAKAFUSA」その17 運命(一)




まえがき



今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。そして、毛利元就に会うために爺と一緒に五郎は旅に出ます。今回は爺が、命を助けられます。




 廿日市宿から、五郎と爺は多田野村に向かって歩みをすすめていた。爺は廿日市で編み笠を買い、それをかぶっていた。陽ざしがけっこう厳しくなってきていたからである。

 
 街道をあるく人間は少ない。街道の横にひろがる田んぼでは、農民たちが、田んぼで代掻きの作業を行っていた。田んぼに張られた水の表面が陽に照らされ輝いていた。代掻きとは、田植えの前に、まず田起こしを行い、それが終わった田んぼに水を張って、土をさらに細かく砕き、丁寧に掻き混ぜて、土の表面を平らにする作業のことである。
 
「爺、このへんの農民は、いや農民だけでなく見る人々みんな刀とか鎌を差しているの」と五郎が口をひらいた。
「五郎殿、これがあたりまえの光景にございます。大内様の支配は盤石のゆえ、武器をもっていない男もおりますが、ふつうは十五くらいになれば『刀指』という成人の祝いをし、以後は帯に脇差を差すようになりまする。いつなんどきにも戦えるように。それがこの戦国の世にございます」
「なるほど」
 
 夕刻になり五郎と爺は多田野村に辿り着いた。
 多田野村の温泉は、その昔、傷ついた白鷺が湯浴みしているのを村人が見て発見されたという話が開湯伝説として伝わっている。泉質は放射能泉で、神経痛、関節痛などによく効くという。この時は、まだひなびた温泉であったが、慶長年間には、芸陽唯一の温泉場としておおいに賑わいをみせていくことになる。
 
 宿につき、二人は露天風呂に向かった。風呂には数人の人間がいた。町人風の男がが二人湯に浸かっていた。なにやら商売の話を熱心におこなっている。風呂の横で体を洗っている男がいたが、この男に五郎の目は吸い寄せられた。体が並外れて大きい。立てば六尺(約1,82m)はゆうに超えそうである。またその肩幅がたいそう広く、背中にはこぶのように発達した筋肉が張り付いている。体をこするたびにその筋肉がゆれるように動く。
(すげー)と思いながら、五郎は見入っていた。まるで熊のような大きさのこの男と自分が剣術をしたらどうすれば勝機が見いだせるだろう。まともの力でぶつかれば跳ね飛ばされるのは目に見えている。おそらくこれだけ体がおおきければ動きが緩慢だろう。そこをついて素早く俊敏に動き、相手を翻弄するしか手はない。五郎はそんなことを考えていた。その男が、体を洗い終え湯に入ってきた。肩と胸の異様に発達した筋肉が、五郎に大鬼を想像させた。湯に浸かろうとした時、目が爺と五郎の方へむいた。男は軽く会釈をした。爺も会釈を返した。
 
 やがてその男が出て行った後、五郎が
「爺、あのおじさんの体はすごかった。どんな修錬を積めばあすこまでいくのかな」
「想像を絶するような稽古を倦まずたゆまずおこなってきたのでしょう。なまじなことではありませぬ」
「あのような大きな男ともし戦うとしたら、素早く動くしかないと考えたのだが」
五郎は、自分と同じことを爺も考えているだろうと思い、そういった。


「はて、五郎殿が素早くうごいても、あの御仁はそれ以上に速くうごきまする」
 爺は、目をつむりながらそう答えた。
 五郎はくびをかしげて聞いた。
「えっ、あのような大きな体で」


「大きな体で動きがにぶい人間は往々にしておりまする。が、あの御仁の山のような筋肉は餅のような柔らかさをもっておった。間違いなく強くて速い」
 爺は、目を開き確信したようにそういい、
「爺もあの御仁とやって、勝つ自信はございませぬ」
とつづけた。


 まるで天狗のように敵を爺が倒すのを見てきた五郎は、それを聞き驚いた。そして、もう一度あの男の体を脳裏に思い描いてみた。
 
 温泉で汗を流した二人は食膳に向かった。
「五郎殿、ここの猪はうまさが格別ですぞ。よく味わってたべなされ」
 目の前には、いたどりの味噌和え、筍の木の芽和え、鮎の刺身などが並んでいた。五郎は鮎の刺身をわさびをつけ煎酒に浸して口に運んだ。
「うまい。うーん、まことにうまい」と五郎。


 つぎに、とても薄く透き通るように切ってある刺身を食べた。
「これは独特の歯ごたえがあって、これまたうまい。でも何の魚かわからぬぞ」
「それは魚ではなく、こんにゃくでございます」
「こんにゃく。でもこんにゃくの香りがいたさぬ」
「このあたりの水はたいそう澄んでおり、こんにゃく独特の香りがいたしませぬ。まるでフグのような感じがいたしますので、これは山ふぐともよばれておりまする」


「爺はくわしいの」
「爺も食いしん坊でござる。まだまだこれからですぞ。ほれ猪がでてまいりますぞ」
 目をにやつかせた爺がそういった。


 猪の皮と肉とを焼いたものと猪の肉を土鍋で煮たものが出てきた。
「ぱりぱりして香ばしいの。はじめてじゃこんなのは」
「五郎殿、猪汁も我々が山でつくるのとは一味違いますぞ」
「おお爺、味噌のかおりと出汁のうまみが最高じゃな。それに山椒か。実に味が微妙で深い。またネギが甘さが。とにかくうまいわ」


 食膳を前に、爺と五郎は様々なことを語り合い、しばらく後に床についた。
 
 夜中のことであった。突然、宿の中がばたばたしだした。
「お客様方、火事だー、火事です、三軒向こうが火事ですー」
という大きなこえが聞こえた。
 つづいて、
「あわてずに大丈夫です。ここはまだまだ大丈夫です。灯りをつけておりますので、それを目印にあわてず外へ避難してくださいませー」
 宿の主人の声だった。これを、急がずにゆっくりと何度も繰り返していた。


「五郎殿、外へ参りましょう。火事は恐ろしゅうございます。大したことなければよいのですが」
「わかった、外へ」
 二人は身支度を簡単に終えて、外へでた。二・三十人の人間が外へでていた。燃えているのは三軒となりの、平屋の大きな民家だった。両隣の家屋とは五間くらいづつ間が空いていた。
 
「今日は風がないから、隣を壊す必要はないか」
「あほう。いつでもできるよう準備だけはしておけ」
と村の長のような人物の怒号が飛んでいた。
 
 人々があちこちから水をもってかけていたが、火の勢いは激しさを増していった。
 真っ暗な闇のなかに、燃え上がる屋敷だけがぽっかりうかび幻想的な光景であった。
 
 爺はおちついた声で五郎に話しかけた。
「五郎殿、死人がでなければいいのだが」
「確かに」
 五郎は目の前の燃え盛る家屋に人がいないことを祈った。
 
 出火した家の人間らしき人々が、家の前に呆然と立ち燃える屋敷を見つめていた。突然、女が、
「おことは。おことはどこに。さっきここにいたじゃない」と絶叫した。
「お姉ちゃんは、スズを追って中へ戻ったの」と幼い妹が答えた
 
 おことは五歳、妹のはつは三歳であった。ちょうど父親は旅に出ておりいなかった。半時ほど前、煙で火事に気づいた母親は、爺様・婆様を急いで起こし、子ども二人の手を携えて、五人で急いで屋敷から出てきたのであった。命だけは全員助かったと、そこでほっとして放心していたのだ。
 ところが、なんと上の娘がふたたび家の中に戻ったのであった。猫のスズを追って。スズは子を三匹生んでいた。火事になりスズは、一匹子猫をくわえて外へ出てきた。が、またもや子猫を助けに中に入ったのである。それに気づいた姉のおことがスズと子猫を助けに中に向かったのであった。
 
「おことー、おことー」と半狂乱になって叫びながら、中へ入ろうとする母親を、
「もう無理だ、もう無理」と村人が口々に叫び、母親の体を羽交い絞めにし、動けないようにしていた。
 
 家屋全体に火がまわり、とても中に入れるような状況ではなかった。
「だれかー、だれか助けて」母親は叫び続けていた。
 
 五郎は、爺が村人が運んできた水をかぶっているのに気が付いた。と思うや否や、爺が
「五郎殿行ってまいる、ここでお待ちを」といい、
燃える民家の中へ飛び込んだ。爺のその後ろ姿を五郎は呆然とながめていた。真っ赤な炎が屋根から大きく吹き上がっていた。
 
 屋敷の中はもうもうと煙がたちこめていた。そして猛烈に熱い。ぱちぱちと木の燃える音が聞こえる。爺が手拭を口に当て低い姿勢で進んでいくと、奥の部屋で娘が倒れているのが見えた。まだそこは燃えていない。娘は煙を吸って倒れたようであった。しかし、そこに行くまでのこちら側の大部屋の天井も屋根を燃えている。今にも、巨大な梁が燃え落ち、いっきに屋根が崩れ落ちそうであった。
 
 爺は、
「まにあわぬかも」
 ふっと笑うや否や、猛烈な速さで娘のところへ行った。娘と猫三匹を即座に両脇に抱えた時、大きな音がした。巨大な梁の片側が燃え下に落ちたのである。火の粉が爺の方にも降りかかった。爺の頬をじりじり焼いた。   
 そして戻ろうと動きはじめたとき、もう片方も燃え盛りながら落ちてきた。
 爺が
「ここまでか」とつぶやいた時、
おちかけた梁がなんと止まったのである。なんと下に巨大な古箪笥が差し込まれたのだ。
「さあ」という声。
 あの大男のものだった。


 爺は、その隙間をくぐった。その刹那、梁の上の天井がいっきに崩れ落ちはじめた。
 爺と大男は、転がるように外に飛びでた。爺が振り向くと家屋全体が、轟音をたてながら崩れさったのであった。


 母親が、おことのところに来て抱きしめてその名を叫んだ。おことは目をあけた。母親は大声で泣いていた。  
 猫のスズは、子猫三匹を何度も何度もなめていた。
 
 五郎も爺が心配でひやひゃしていたが、無事もどってきたので安堵した。また、猫という動物の愛情深さに感動していた。アキ・フユの母猫も身を犠牲にしてまでも子猫をまもり、このたびも。
 
 村長と宿の主が、爺と大男のところへやってきて深々と頭を下げた。
「一人も死者をださずにすみました。まことに、ありがとうございました。まことに」
 爺が、
「この御仁がいなければ、娘ごも私も助かりませんでした。すべてはこの御仁のおかげです。ほんに心より感謝申し上げる」
「御老人がおられたからこそ、娘さんを救うことができました。私一人では何もできなかった。本当に助かってよかった」と大男はにっこり笑った。


「御老人は、明日もご逗留ですか」
「あと二三日は、ここでのんびりする予定です」
「なら、これも何かの縁。明日の夜は一緒に一杯いかがでしょうか」
「それは、ありがたい。ゆっくり一献傾けましょう」
 
 あたりはまだばたばたしていたが、宿の主人は
「お客様もう安心なので、宿に戻ってゆっくり休んでください。あとは村の者がやりますので」と何度も何度も客の所を頭をさげながらまわっていた。
 また、温泉に何本も蝋燭をだしてくれて、入りたい客には入れるようにもしてくれた。爺は、五郎に先に休むようにいい、風呂に浸かりにいった。湯殿につかると、爺はひだりの足首のあたりをさすり、顔をしかめた。その足首は紫色になり太くはれ上がっていた。屋敷から飛び出すときに、足をひねっていたのである。



広島県 湯来温泉
憩う、楽しむ 広島・湯来通信 に掲載されている写真です。
http://blog.goo.ne.jp/hiroshima-yuki/e/69fae3708361b6fe63d52b254c1df739





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