kanossaのブログ

歴史小説や時代小説を綴ることを中心としたブログです。
簡単に読めるものを書いていきます。最初は、戦国時代
に主君大内義隆を殺害し、厳島の合戦で毛利元就に敗れ
散っていった陶晴賢(五郎→陶隆房→陶晴賢)を主人公
とした「TAKAFUSA」を書きすすめます。

TAKAFUSA その12 陶晴賢 山の中にて

まえがき

今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。今回は山の中での修行です。


その12







春になり温かくなってはきたが、山の夜はまだまだ寒い。

「五郎殿、何も考えず・・・ただ、体中から湯気がたつように息を吐きなされ」
岩の上で坐禅する爺(後藤治右衛門)が言った。

五郎と爺は、一週間ばかり前から、山に入り修行を行っていたのである。夜は坐禅をすることが多い。今日も冷たい大きな平たい石の上で坐禅をしているのである。
空には無数の星が光輝いている。

「体中からですか・・・」
「うむ」

(おお、なんか不思議な・・・己が、まるで炊きあがったばかりの米の
ような・・・いや・・・とても心地いい・・)と五郎は感じた。

何も考えず・・・というのが五郎には難しい。
五郎の頭の中には・・・
(いなくなった兄のこと、鳶に連れ去られたタキのこと、亀吉の姉お栄のこと、
このところ起こった事件のこと・・・そして大好きな茶店の「ういろう」のこと・・・)
いろんなことがよぎっていく。

「五郎殿!無念無想じゃ」と爺。
「はっ」

この前日は・・・
「五郎殿の呼吸(いき)はまだまだ浅い。
お尻から・・・地中の奥深く、深くにとどくような感じで息を吐きなされ」

・・・・と、このように爺は山での修行のたびに、
様々な呼吸(いき)の仕方を五郎に教えたのである。

「五郎殿、呼吸(いき)とは・・・宇宙の気を体内に取り込む・・・
とても大切なものなのじゃ。が、ほとんどの人間は普段ほとんど意識せずに
生きておる。
生まれてから、死ぬるまで・・・・・・・ずっーと人は息しておる。
その仕方次第で大きな違いがでてまいるのじゃよ」

続けて、
「まだ五郎殿には、今は・・・いずれわかる時がまいりましょう」


朝、鳥たちのさえずりで五郎は目が覚めた。
五郎たちは中国山地の奥のほうに分け入っていた。
ここ数日は洞窟の中で寝起きしている。

爺はすでに朝餉にしたくをしていた。
「五郎殿・・・これで米も尽きました。最後の米粒になりまするぞ。
味わってたべなされ」
「…この後は」

「断食をいたしまする」
「・・・爺、川で魚とっても、石をつかってウサギやイノシシを射止めることもできるでは・・・」

「そう、この前も五郎殿のおかげで、イノシシの鍋も美味しゅういただきました。
五郎殿の腕ならば、簡単に・・・が、ここからは敢えて食事をとらず断食の修行に
入りまする。水だけで三・四日日過ごしますぞ」

「・・・・」
「戦場では、あたりまえのことでございます。」

爺は、かつて兵糧攻めにあい、次々に兵士たちが餓死していく
惨状を目にした時のことを語った。
「若いころのことですが・・・九州のある大名に厄介になっていた時に、
となりの大名に攻められましたな・・兵糧攻めにあいもうした。
時がたつにつれ・・・飢えた兵士たちは馬や牛、鼠・・・
そしてミミズなどの虫、壁土のなかの藁なども口にいれ・・・
挙句の果てには、死んだ仲間の肉にまで・・・それはひどいものじゃった」

五郎はその光景を想像し恐ろしくなった。
「場合によっては、そういった兵たちを率いていくのが五郎殿の運命(さだめ)。
少々の断食で音を上げているようでは、その務めははたせませぬ」

「・・・爺・・・戦(いくさ)というものは・・・地獄じゃな」
「その通りで・・・」

五郎たちは断食の行も終え・・・・その日の昼過ぎ久しぶりに食事を行った。
イワナの焼ける匂い・・・汁から立ち上る湯気が・・・
(ああ、うまそう)
五郎の食欲を刺激する。
「五郎殿、胃が驚きまする。ゆっくり食べなされ」
「爺・・・今日の飯は格別にうまいな」
「五郎殿の仕留めたウサギの入った汁にイワナの塩焼き・・・確かに
美味しゅうございます。人というものは腹が満たされただけで・・・
幸せな気分になりますな」

飯の後・・・
「今日は川の水で体を拭くのではなく、温泉に・・・・
この山の奥には温泉がございます。また、その脇にぼろ小屋があるので、
今日はそこで眠りましょう」

山道を登っていくと、今まで目を遮ってきた木立が消え、
ぱっと視界の広がりを感じた。
切り立った崖の上につくられた道に出たのである。

五郎は、その道に立ち
眼下に広がる光景に目を奪われた。
吹いてくる風が少し冷たい。

「爺、自然というものは、なんとでかいものなのだろう・・・
人なんていうのは・・・本当(ほんとう)蚤(のみ)のようなちっぽけなものだな」

「まさに。ただ・・・」

「ただ?」

「ただ・・・そのちっぽけな人間だけが・・・
そう人間だけが、この途方もない自然をも心のうちにおさめることができまする」
爺の言っている言葉の意味が、五郎にはよくわからなかった。

その崖の道を先に進み、小一時間ほどあるいて温泉についた。直径が約五メートル
ほどの円形の自然の温泉である。その向こうに小さな小屋がみえる。

陽もとっぷりと暮れ、小屋にいた二人は温泉に浸かりに来た。
入ってみると、すこしぬるいくらいの温度である。
「この温泉は、体によく効きまする。仲間がひどい刀傷・矢傷を受けたことがありましたが、ここでしばらく過ごすうちに、みるみるよくなっていきましたぞ」

爺と五郎は、湯に浸かりながら・・・様々なことを語り合った。
五郎が唐突に聞いた。
「爺は全国を巡り歩いたというが・・・今まで会うた人間の中で・・・
この人物は傑出していると思ったのは、一体だれ?」

爺は、少し首を傾けて考え、
「そうですな。一人は北条早雲殿。もう亡くなられましたが・・・何もないところから・・・伊豆・相模を・・それも六十歳を過ぎてから。あの燃えるような気力・・・尋常ではなかったですな」
爺ははるか昔を思い出すようにしながら語った。

「今一人は、我らが対峙しております尼子経久殿。不思議な方でございます。普段は無欲恬淡な明るいご気性の方ですが、一たび・・・こうと決めた時のあの方は・・まさに虎蛇のような恐ろしさで・・・その眼をみただけで身のすくむ思いをいたしましたのは忘れられません」

五郎が、
「まだ、おられるかの?」

「そうですな・・・もう一人と言えば…
そう・・我らと連携している・・・安芸の毛利元就殿ですかな」

「爺・・・毛利って我ら大内方の?」
「そうでございます」
「あまり大きな力を持っているようには聞かぬが・・・」
「確かに。ただ、人物は相当なもので・・・
さあ・・・筋金入りの野良猫とでも申しましょうか。油断も隙もございません。
我らの側にいて・・本当に良かった。
五郎殿のお父上に聞かれたらよろしい。よくご存じですから」
「ふーん」

と、そのとき温泉の上に張り出していた木々の枝が突然ばさばさっと揺れ、
何かが落ちてきた。ばしゃんという大きな湯の音が・・・
「ウキキキーッ」
木の上にいた猿が、湯に落ち、あわてて逃げていったのである

五郎は驚いて目が点になっていた。・・・爺をみると・・
「さて、猿も湯に入りにきて、先客がいて驚いたのでしょう」
と笑っていた。

遠くで猿のなきごえが聞こえた。
天空の月が、しずかになった湯のうえに映っていた。





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