kanossaのブログ

歴史小説や時代小説を綴ることを中心としたブログです。
簡単に読めるものを書いていきます。最初は、戦国時代
に主君大内義隆を殺害し、厳島の合戦で毛利元就に敗れ
散っていった陶晴賢(五郎→陶隆房→陶晴賢)を主人公
とした「TAKAFUSA」を書きすすめます。

TAKAFUSA その4 陶晴賢 父の想い(一)

その4
(一)


犬たちとの壮絶な戦いを、おじちゃんの登場で切り抜けた
五郎達であったが・・・・・・
 
事情を聞いた父の陶興房は、五郎に
「おまえの顔はしばらく見とうない、しばらく蟄居しておれ。厠以外
室を出ること決して罷りならぬ。」
と冷たい態度で厳しく命じた。
 
そして、犬の噛み傷で全身を二十五針縫った又二郎をすぐに見舞い、
「又二郎、此度はようよう働いたな。塚原殿から又二郎の戦いぶりを聞いたぞ。
鬼神のごとく何頭もの凶暴な野犬と闘ったそうな・・・・。
あの阿呆のために・・・心から礼を言う。」
 
又二郎が
「ほとんど何も覚えておりませぬ・・・無我夢中で・・・」 


「又二郎は、陶の家には、勿体ないほどの勇者じゃ。誠に礼を言うぞ」
興房が首を垂れると・・・ 


「ありがたきお言葉・・・」
と言うと、又二郎の頬にツーっと一筋の涙が流れた。 


又二郎にとって左手の前腕の十二針縫った傷跡は、生涯の財産となった。
苦境に陥った時に・・・・傷跡を見ると・・・あの時に勇気がよみがえってくるのだ。
 
興房は、与吉や百乃介に対しても、丁寧に心をこめて礼を言った。 


そして、五郎らを助けてくれた塚原という名の人物と夜を徹して語り合った。
そう、塚原と言う人物と、興房は懇意の関係であった。
 
亡くなった前主君大内義興と陶興房は、約十年ほど京都に滞在した時期があった。
政争と戦争にあけくれた日々であった。


その時に、まだ若いが腕の立つ塚原新右衛門は大内義興の食客になっており、
義興の肝いりで御前試合などに出たりしていたのである。
新右衛門は後に、「卜伝」と号するようになり、やがてその剣名は全国に鳴り響いた。
 
塚原卜伝が、
「お世話になった大内義興様がお亡くなりになったことを知り、その菩提を弔うために・・・
その途中、こんな偶然もあるのですな。まさか興房殿のご子息とは・・・」
と優しく微笑みながら言うと、 


「まさに・・・しかし、本当にかたじけない。心から礼を言いまする」と興房。


 「それにしても、あの又二郎の胆力やすごいものですな・・・
なまなかな大人では、とても相手にできる連中ではなかった。」


 「塚原殿、是非とも、この城でゆっくり寛いでいただきたい。
それから・・・一つ厚かましいお願いなのだが・・・
家中のものどもの剣の相手をしてもらえまいかの」 


「私も望むところです。喜んでお引き受けいたしましょう」
 
その二日後・・・


 午前十時頃、晴れ晴れとした空の下、
城の庭において塚原卜伝と陶家家中との試合が行われた。


 興味深々の与吉や百乃介、そしてまだ傷口の癒えない又二郎の観覧は許されたが・・・
蟄居中の五郎も強く希望したのだが・・・興房は断じて許可しなかった。
 
家中きっての剣の遣い手である佐藤清兵衛が立ち会った。


 前の日、家中の者と立ち合いを繰り返した清兵衛は、 


「いくら高名でも天狗じゃあるまいし・・・多少は何とかなるんじゃ・・・
いや、俺が勝って相手の面目をつぶすようなことも・・・」
と自信を覗かせるようなことも言っていたのだが・・・。
 
試合がはじまると・・・
佐藤清兵衛がすさまじい形相で、電光石火のごとく木刀を繰り出すのだが・・・ 
卜伝は、ふわりふわりとそれをかわしていくのである。


徐々に清兵衛の肩が上下するようになった。
 
見ているものは呆気にとられた。
家中で清兵衛に太刀打ちできるものは誰一人いないのに・・・
 
次に卜伝は、ふわりとかわすや否や卜伝の木刀をすっと清兵衛の首筋に、
そして手首に、胴に・・・・寸止めして当てることなしに、そえるようにごく近くに置くのである。


 「参った!」と清兵衛が声をあげた。
 
「では、五人一度にかかってきてください」と卜伝。


しかし、この後も同じ光景が繰り返されるばかりだった。
 
これは夢ではないのか、現実(うつつ)なのか・・・
目の前にいるのは人間ではなく、まさに天狗ではないのか・・・
誰もがそう感じたのである。
 
又二郎は、(おれもいつかこんなふうになりたい・・・)と強く思った。


五郎は、部屋で端坐し、このたびのことを真剣に考えていた。
(もし、塚原様がいなければ・・・・それはそれは大変な・・・) 
五郎は・・・・蒼くなった。 


TAKAFUSA その3 陶晴賢 最大のピンチ 又二郎決死の覚悟

その3


八月に入り、陽が厳しく照り付ける日がつづいていた。
そんなある日のことであった。


朝まだ涼しいうちに、五郎達は城を出た。
今日は海で水練を行うのである。


山を二つほど越えたところを下った江田浜を目指していた。
その浜には、前に喧嘩をしにいって、その後仲良くなった 江田浜の網元の子亀吉がいた。 


亀吉と五郎は妙にウマがあい、時折五郎が浜に行き一緒に遊ぶ仲になっていた。


五郎にとっては浜で遊ぶのは、地元で過ごす堅苦しさがなく、とても楽しかった。


亀吉は最初、五郎が陶家の跡取りであるとは知らなかった。
なので「五郎」と呼び捨てにしていたが、
後にそれを知ってからはさすがに「五郎様」と呼ぶようにはなった。


五郎は、「五郎」のままで良いといったが、
亀吉も
「それはできねえ」
と「五郎様」と呼ぶようになった。


しかし、そう呼ぶようになっただけで、海で育っただけに口の悪さは変わらない。


亀吉が 「五郎様、まだまだ泳ぎが上手くならんのお。
そんなこっちゃ甲冑つけて海に浸かったら、
すぐに水の底でお陀仏じゃわい」 というと、


「何を言う。すぐにお前より上手になってやるわ」と五郎。


すかさず、
「天地がひっくりかえっても無理じゃのう。そうじゃろ又二郎」
「たしかに、魚のように泳ぐ亀吉殿には、そうはたやすく追いつけぬと思いまする」
と又二郎がまじめに答える。


「又二郎は、亀吉の味方か!」 と五郎は笑っている。


その後、約二時間くらい泳ぐ練習をしたが・・・
昼が近づいてきたので、
五郎らは、亀吉といっしょに銛でメバルやマアジ、ゴマサバなどを突いたり、
またサザエ・トコブシなどを獲ったりした。


亀吉はさすが漁師の子で、魚の鱗やワタを簡単に処理し、
石の上に鉄灸(火の上にかけ渡して魚などをあぶるのに用いる、細い鉄の棒)を懸け、
火をおこし、手早く昼飯の準備をやってのけた。


鉄灸の上で塩焼きされた魚貝の香りが五郎らの鼻を刺激した。


その焼けたばかりの魚や貝と、
五郎が城から持ってきた味噌と握り飯とともに腹にいれた。


五郎が、
「いや本当に、なぜこんなに旨いのかなあ」と言うと、
亀吉が
「この江田浜の魚や貝がいいからだぜ。」 なんてことを話していると・・・


そこへ一人の娘がやってきた。


亀吉が、
「あっ、姉ちゃん」 と呼ぶと、
「かあちゃんが味噌汁とこれを持っていけって」


亀吉の姉のお栄であった。
お栄は色黒で背が高かった。
細身であったが、胸のふくらみが、まだ十二・三歳ぐらいなのだろうが、
女らしさを感じさせた。
切れ長の目元が涼しく、美しい娘であった。
五郎は胸がざわついた。


お栄が持ってきたのはアサリの味噌汁と野菜の和え物であった。
味噌汁を椀に注ぎ、和えものを皿に取り分け、
「さあ、お食べ」 と優しく微笑んで、
お栄がみんなに渡していった。


袖口から美しく伸びた腕と細く長いしなやかな指に、 五郎は心を奪われたが・・・
お栄が五郎の方を向くとぱっと目を逸らした。  


又二郎が、
「この和え物は、今まで食べたことない味じゃ。何だろう。」


わさびの香りがするその和え物は、
口にいれるとしゃきしゃきとした歯ごたえがあり、
柔らかい甘みが何ともいえず、とにかく旨いのである。


みんな口々に、
「何だろうな、わからないな」と答える。


五郎が亀吉に、
「お前、しょっちゅう食べてるんじゃないのか」
「たまに食べてるけど、わからないものはわからない。
五郎様は口に入るもの全部知っているのかい」と亀吉。 「


・・・」五郎が答えに窮する。


百乃介が 「わかんないが・・・本当美味い」


すると、お栄が 「それはね、にらよ」


「にらって時々雑炊にいれる、青い色したけっこう香りの強いやつかな。」と与吉。


「そうよ、でも、この黄色っぽいにらは、ちょっと特別で・・・
日光をあてずに育てたものなんだって。
うちの母ちゃんが時々魚をあげる年寄りの百姓夫婦がくれたものだって。
あっさりしていて、ワサビで和えるとほんと美味しいわね、私も大好きよ」


五郎たちは、約一時間ほど、亀吉とお栄と楽しい時間を過ごし、その後浜を後にした。


帰りの山道で、
五郎は (きれいなお姉ちゃんだったな) と
お栄のことを思い返していた。


その時、一匹の黒い子犬が、山の横道から出てきた。


タキとマツをいつも可愛がっている五郎は、子犬をみてうれしくなり、 そっと近づいてしゃがみこんで、
「こんなところで何してるのかな」
思いきり優しい声をかけ、頭を撫でようとした。


その手に、子犬ががぶりとかみついた。
「痛っ!」と五郎。
子犬は、さっと走って横道の方へ消えていった。


与吉が、
「五郎様、嫌われましたな」 と言い、
又二郎や百乃介と一緒に大笑いした。


「笑うな!かわいい形なりしてひでえことしやがる」 と五郎は毒づいた。


四人でしばらく山道を下っていると、後ろ方に何かの気配を感じた。
振り返ってみると坂道の上の方に何かがいる。黒い影のように見える。


その影が突然動き出した。こっちへ向かってきた。
吠える声が聞こえる。それは野犬の群れだった。
野犬はとても凶暴で狼のように集団でシカやイノシシを襲うこともある。


「逃げろー!」と五郎。
「どんどん近づいてくるぞーー」と与吉が今にも泣きそうな声でいう。


犬は七・八頭いたが、先頭を走るのは、ものすごい大きな真っ黒の犬である。


「木に登れ!」と又二郎が言った。
「登ろう」と五郎。


そして四人は、それぞれ道のわきの木立に入り別々の木によじ登った。


犬たちがやってきて、上を見ては猛然と吠える。
牙をむき出しにして吠えている奴もいる。木に前足をかけているのもいる。


真っ黒いでかい奴は、物凄い眼光で五郎たちを見ていた。


「降りたら殺されるぞ。しばらくは我慢しろよ」と又二郎。


犬たちは上を見上げながら、やがて吠えるのをやめ大人しくなり、
そのあたりをうろうろしていたが・・・・


百乃介がもじもじしだして、
「おしっこが漏れそうだよ」
「そこですればいい」と又二郎。


百乃介が木の上から小便をしだすと・・・
また犬たちが激しく吠えだした。


五郎が、
「いったい、いつまでこいつらいるんだろ」
「下手したら一晩でも・・・五郎様、我慢しないといけないですな」
落ち着いた声で又二郎が答える。


それから、一時間半くらいたったころだろうか。


犬たちがやっと諦めたのか、ゆっくり坂の上の方へ歩き出した。


「あっちへ行くよ」と与吉。
「ばか!しっー!大きな声だすな」 と又二郎が、小声で与吉に言った。
みんな、ほっとした気持ちになっていった。


五郎が、どこまで犬たちがいったかを確認しようと、右手で上にあった古い太い枝をつかみ、
身を乗り出して坂をのぞこうとした時・・・・・


その枝がポキリと折れた。
「あっ!」 と言いながら、
五郎がどすっと地面に落ちた。


「五郎様!」と一斉に又二郎らが声をかけた。
「五郎様が動かない」と与吉。


「どうする?又二郎どうする?犬が来るかも・・・」と百乃介。  


又二郎は思い出していた。


いつか五郎の父の興房が甘い菓子をくれながら・・・・・
(「又二郎や、そちは五郎の二つ上じゃ。
五郎は粗忽者ゆえ、又二郎を頼りにしておるからの。
何か会った折には、くれぐれも頼んだぞ」)
と言ったことを。


 又二郎の耳に犬のけたたましい声が聞こえてきた。 
そして、走って向かってくる犬たちの姿が目に入った。 


 「又二郎!」と百乃介が叫ぶ。 


(どうすればいい?どうすればいい?) 
と悩む又二郎であったが・・・ 
又二郎の耳に、 
(「又二郎を頼りにしておるからの。何か会った折には、くれぐれも頼んだぞ」)
という興房の声が本当に聞こえたような気がした。その瞬間覚悟が決まった。


 「やっーー」と言いながら、又二郎は飛び降りた。 


「与吉も、百乃介も降りてきて、五郎様を守れ!俺が犬をやっつける」と大声で叫んだ。


 地面に降り立った又二郎は、素早く、丁度いい長さ重さの枝っきれを掴み、 
(人間はいつかは死ぬんだ!)
 と思い、犬を待ち受けた。 


五郎の前に立ちはだかる又二郎に、犬たちは猛然と攻撃をしかけてきた。 
大きな黒い犬に左腕を噛まれ、引き倒されそうになったが、
そいつの脳天を右手につかんだ枝で思い切り叩いたところまでは覚えているが・・・・・
後は何も覚えていない。 


与吉と百乃介の話によると、死に物狂いで又二郎が戦っていたが、
何か所も噛まれ、もうだめかと思うときに、
おじちゃんが出てきたと。 


おじちゃんは、 
「坊主、よくがんばった」 と言い、
又二郎の前へでて、持っていた木の棒を高く構えると・・・ 
犬たちの動きがぴたっと止まった。 


が、次の瞬間一頭の犬が飛びかかった。 
おじちゃんが棒をすっと降ろすと、犬の大きな鳴き声が響いた。


 また、次の一頭が素早くおじちゃんの足元の方へ向かった。
 棒をまたすっと動かすと、その犬も大きな鳴き声をあげながら横に転がった。 


犬たちとおじちゃんの間に一瞬静寂が流れた。 


すると真っ黒なでかい犬が、二三歩後ずさったあと・・・
急に後ろ向いて走り始めた。
すると犬たちが一斉にそれに続いていった。  


おじちゃんは、持っていた薬で血だらけになった又二郎を手当てしてやり、
次に五郎の元へ行き、
体を抱いて 「ウッ!」と活をいれると
五郎が目を覚ました。 


おじちゃんは、五郎が陶家の跡取りと聞いて、又二郎を背負い、
与吉と百乃介に交互に五郎を背負わせて、陶の城に向かった。 


又二郎がおじちゃんの背中で、 
「おじちゃん、強いね」 
「そうでもないさ。俺はお前が強かったと思うぜ。 
噛まれた傷がひどいから、しゃべらずに寝ておれ」 


「じゃあ、もう一つだけ」 
「なんじゃ」


 「おじちゃんの名前はなんていうの」
 「俺は塚原って名前だよ。でも、おじちゃんでいいからな」 


「塚原様か・・・」 
又二郎はそうつぶやき、眠りに落ちていった。

TAKAFUSA その2 陶晴賢 身分の差を痛切に知る

その2


兄の死後、元気をなくしていた五郎であったが、
柴犬のタキとマツは大いに五郎の心を慰めた。
五郎も心から、この二匹を可愛がった。


そんな五郎が熱中しはじめたのが喧嘩である。
五郎が陶家の跡取りであるので、地元では、皆が五郎様、五郎様と大変持ち上げる。
大人も子供も、陶家の若様ということで五郎には平身低頭である。


それでは面白くないと、五郎は遊び相手として選ばれた
又二郎、与吉、百乃介をひきつれて、遠くへ出かけていく。


そして、五郎のことを知らない同じくらい、あるいは少し上の年頃の男の子をみつけると
側によって、睨み付けるのである。


この日も遠くの河原まで出かけると、男の子らが遊んでいた。
五郎は、その中で一番体のでかい奴をいつものように睨み据えた。


五郎はこれから始まるであろう喧嘩を想うと怖いやらうれしいやらでゾクゾクするのである。


でかい奴がチラチラこっちを気にしだした。
背は五郎より十センチくらい高い。
(こいつはおおきいな!)
と思ったとき・・・


そのでかい奴がおもむろに近づいてきて、
「おいお前、さっきから俺のこと見てるけど何か文句でもあるのか」
と厳しい眼差しをしながら言った。


「大いにあるね。お前のその顔が気に入らないんだよ」と五郎。
「なんだとー」 と怒鳴りながら、殴りかかってきた。


五郎は、それをかわし相手の横っ腹に蹴りをいれた。
そして続けて左拳を相手の顔面にぶつけた。
「この野郎」
相手は、五郎につかみかかってきた。


二人はもみ合って倒れた。
さすがに相手はでかい。
五郎が上になった時に三発殴ったが、
下になった時にはその三倍ぐらい殴られた。


「五郎様!」と又二郎、与吉、百乃介らが声をかけると、
「絶対手出すな」
と五郎が大声で言った。


相手の仲間も手は出さずに、必死で応援していた。


体格差は如何ともし難く、相手の方が優勢で何度も
「参ったか!」
というのだが 五郎はすでにもう力はないのだが・・・


「いや参らぬ」 と頑張るのだ。
しかし・・・体が動かなくなっていた。


やがて相手が立ち上がり、 「これくらいにしておいてやる」


五郎は寝転がったまま、
「負けちゃいないからな、負けちゃいない・・・また来るからな」 とつぶやくが・・・


「おい、みんな帰ろうぜ」と相手方は河原を後にしていった。


又二郎、与吉、百乃介らが五郎に近寄り、
「大丈夫ですか」と口々に言った。


「負けちゃいないからな・・・でも痛かったな」
五郎は、彼らにもたれながらゆっくり帰っていった。


五郎はこんな喧嘩をしょっちゅう繰り返していた。
勝ったり、負けたりするのだが、それが五郎には楽しかった。
対対で体をぶつけあうことが、なんとも言えない快感なのであった。


五郎の母はもちろん家来の中にも、 こんな五郎の所業に眉をひそめるものもいるだが・・・・
父の興房が、
「それぐらいかまわぬ」
とぴしゃりというものだから、
誰も止められないのである。



でかい奴にこっぴどく殴られてから三日たったときのことである。
遊びに行こうと、又二郎、与吉、百乃介らと城を出たところ、 土下座している二人を見た。  


どうしたのでしょうかね」と百乃介が言った。
「さあな」と五郎。


見ると、大人と子どものようである。


その大人の百姓男が五郎を見つめ
「あのー五郎様でございましょうか」
五郎が、
「そうだが・・・」
横を見ると、その男の子どもが額を地面に擦り付けている。


「あっ」 五郎は気が付いた。そいつは先日五郎を殴ったでかい奴であることを。


百姓男が、
「このたびは・・・せがれが誠に誠に・・・すみませんでした・・お許しください。
ほれ、お前も謝らぬか」
でかい奴が顔を上げた。


その顔は相当殴られたのであろう。ぼこぼこに腫れあがっていた。
この前見た時とは別人のように見えた。


「先日は申し訳ありませんでした・・お許しください、お許しください・・」
流れる涙と鼻汁をぬぐおうともせず・・・
泣きながら謝りつづけるのである。


五郎は胸が苦しくなった。
(こんなことをしてもらおうなんて思ってもいないのに・・・・)


でかい奴は顔をくしゃくしゃにしていた。
流れる涙に、腫れた部分から流れ出る血が混じり赤色になっていた。
(どんだけ殴られたのだろう・・・どんだけ痛かったろう)


「お許しください・・・」という、そいつの腫れあがった目元の奥に小さく見える
充血した目から、涙がぽろぽろっと落ちるのが見えた。


五郎は心がしめつけられるような息苦しさを感じ、いたたまれなくなった。


「全然気にしなくていいんだー、気にしなくていいんだよ」
と言うなり突然、五郎は走り出した。


五郎の目からは涙があふれ出していた。
喧嘩で殴られるより、はるかに衝撃を受けた。心が痛かった。


自分の行ったことの大きさを痛切に感じた。
後悔する気持でいっぱいになった。


(ごめんよ、ごめんよ)
走りながら五郎は何度も何度も心の中で謝った。