kanossaのブログ

歴史小説や時代小説を綴ることを中心としたブログです。
簡単に読めるものを書いていきます。最初は、戦国時代
に主君大内義隆を殺害し、厳島の合戦で毛利元就に敗れ
散っていった陶晴賢(五郎→陶隆房→陶晴賢)を主人公
とした「TAKAFUSA」を書きすすめます。

TAKAFUSA その13 陶晴賢 毛利元就という男

まえがき

今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。今回は、父の興房が毛利元就について語ります。


その13









山から城に戻った五郎であるが・・・
 
ある晩、父の興房と話す機会があったので、爺がなかなかの人物だと言っていた
毛利元就について五郎は思いきって聞いてみた。
 
興房は、
「元就か・・・」とつぶやき、虚空を見上げた。
その興房の膝の上で、洞窟の前で拾った猫アキとフユが気持ちよさそうに眠っていた。
 
「まだお前が小さかった時のことよ。おれは、大内義興様ととも安芸に攻めいっての。
ちょうどその時は二手に分かれて・・・おれは武田氏の銀山城攻めをしておった。・・・この戦いは大内義隆様(大内義興の息子)の初陣でもあったので・・・絶対に負けるわけにはいかなんだ」
 
「我々は一万五千、城に立てこもる武田勢は三千。だが城の守りは固くての。なかなか落とせなんだ。そこへ尼子がよこした援軍が五千ほどやってきたのじゃ。その援軍とわが軍がぶつかったが、わが軍のかなり優勢な状況での・・・この戦(いくさ)は、こっちの勝ちになるだろうと思っておった。」
 
「が、油断は禁物と、夜襲にもそなえて、見張りやら物見やらも夜中の間じゅう、二人一組にして陣のまわり八方に放っておった。もちろん前方だけでなく後方にもな・・・。もし、そやつらが交替の時間に戻らないようなことがあれば・・・すぐに連絡するよう、きつく申しつけておった。」
 
「あの夜は・・・夜中に雨がふりしきっておったが・・・
突然、陣の後方から鬨(とき)の声が起こり・・・敵が襲い掛かってきた。
おれは背中からどっと汗が出たわ。
あれだけ警戒しておったのに・・・信じれなんだ。


と、驚いているとすぐに・・・わが陣の中で・・何か所からの一斉に火の手が上がった。
兵たちが混乱する中・・・今度は前方から鬨の声・・・


もう何がなんだかわからない状況に陥っての・・・
で、奴らが殺到したのが、なんと大将の義隆様のおられるところじゃ。


なぜあの場所が・・・
とにかく義隆様をお守りせねばと、その周りを必死で固めての・・・
しばらく壮絶な戦いをくりひろげたが、一時間ぐらいたったところで、
敵はさっとまるで消えるように撤退していった。


あの時、義隆様を守る佐藤(清兵衛)の鬼神のような働きがなければ・・・・
考えただけでゾッとするわ。


が、この戦いで五百以上の兵が討たれたのよ。・・・すべて、おれの責任じゃ」
興房は、その時の緊迫した様子をありありと語ったのであった。
五郎は固唾を飲んで聞いていた。
 
「そのときの傷がこれじゃよ・・・」と右肩の二十センチにわたる傷口を五郎に見せた。
傷跡が生々しく盛り上がっていた。
その時、アキが興房の膝から降り、五郎の所へやってきたので・・・
躰をゆっくり撫でてやった。
 
「で、おれは、すぐに軍を撤退させたわ。
戦(いくさ)全体としては、まだ優勢な状況にあったからの。
義隆様の初陣にけちをつけるわけにはまいらんかった」
 
「あとで・・・どう考えても・・・物見や見張りの変事に・・・
こちらが気づくことなく・・・攻撃をしかけるためには・・・
その交替の時間がすべて筒抜けになっているか、
物見や見張りを殺し、なりすました奴が戻ってくるか・・・いずれかしかない。
そやつらが、陣で火の手をあげたのかも・・・
あるいは別の輩(やから)がすでに陣に潜入しておった
のやも・・・わからぬ・・・どう考えても・・本当わからぬわ」
 
「何度思い返しても・・・あんなことが本当にできるのか。
天狗の仕業ではないのか。おれはそんなふうに思えてな・・・空恐ろしくなった。」
 
「で、この戦いの指揮をとった奴は誰なのじゃと調べると・・・
それが・・・毛利元就じゃった。


確かに前から油断のならぬやつとは思っておったが・・・
まさか、ここまでとは・・・おれに中に奴の名が深く刻まれたわ」
 
「その後、毛利と尼子に溝ができた時に、おれは大内義興様に猛烈に働きかけて、
了承をもらい、毛利を大内方に引き込んだのよ・・・
あの恐ろしい力・・・味方につけたら・・・こんな頼もしいことはない」
 
「で、毛利殿と会(お)うた時に、あの折の話をしたら・・・
『ほんのまぐれにございます。偶然にすぎませぬ。自分でも驚いておるしだいで・・・』
などと真面目な顔してぬかしおったわ。


まあ、そうだわな。たとえ、どんなからくりがあろうと・・・
話すわけないわ。
ふっ、あの穏やかで篤実そうに見える仮面を剥がしてみたら・・・
鬼がでるか、蛇がでるか・・・見てみたいものよ。」
とかすかに微笑んだ。
 
「毛利殿は、このアキやフユとは違う。生粋(きっすい)の野良よ。
大国の狭間で・・・常に生死をかけての決断を当たり前のように繰り返しての・・・
きっと、子どもの頃から、腸がねじれるような思いをして生きてきたのだろうて・・・」
と話した時、フユが、
「ふわあー」と大きな欠伸(あくび)をした。
 
「フユよ、こんな話は退屈じゃな」と興房は笑った。
 
「五郎よ。一度会うてみるがよい。自分の目で確かめてみい。
後藤殿(爺)も毛利殿とは知り会いじゃから、一緒に
安芸の吉田(毛利元就がいるところ)の方を訪ねて見よ。
おれの方から毛利殿には手紙を出しておくわ」
「はっ」
 
興房の話をきいた晩、五郎は寝床で夢を見た。
顔の見えない毛利元就がいたのだが・・・・


それが、いつしか子どもの頃に見た、夜叉のような野良猫に変わり、
鋭く五郎を睨みつけ・・・その顔がどんどん大きくなっていき・・・


その恐ろしい姿に・・・(絶対目は逸らすまい)と必死でがんばっていたのだが・・・
すさまじい恐怖の中で・・・五郎は、はっと目が覚めた。
汗をびっしょりかいていた。
 
五郎は、
(毛利元就とはいったいどんな人物なのか・・・)
という思いが頭から離れず眠れなくなった。
 
ちょうど東の方の空が白みかけてきた頃であった。




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TAKAFUSA その12 陶晴賢 山の中にて

まえがき

今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。また五郎は爺との絆を深めていきます。今回は山の中での修行です。


その12







春になり温かくなってはきたが、山の夜はまだまだ寒い。

「五郎殿、何も考えず・・・ただ、体中から湯気がたつように息を吐きなされ」
岩の上で坐禅する爺(後藤治右衛門)が言った。

五郎と爺は、一週間ばかり前から、山に入り修行を行っていたのである。夜は坐禅をすることが多い。今日も冷たい大きな平たい石の上で坐禅をしているのである。
空には無数の星が光輝いている。

「体中からですか・・・」
「うむ」

(おお、なんか不思議な・・・己が、まるで炊きあがったばかりの米の
ような・・・いや・・・とても心地いい・・)と五郎は感じた。

何も考えず・・・というのが五郎には難しい。
五郎の頭の中には・・・
(いなくなった兄のこと、鳶に連れ去られたタキのこと、亀吉の姉お栄のこと、
このところ起こった事件のこと・・・そして大好きな茶店の「ういろう」のこと・・・)
いろんなことがよぎっていく。

「五郎殿!無念無想じゃ」と爺。
「はっ」

この前日は・・・
「五郎殿の呼吸(いき)はまだまだ浅い。
お尻から・・・地中の奥深く、深くにとどくような感じで息を吐きなされ」

・・・・と、このように爺は山での修行のたびに、
様々な呼吸(いき)の仕方を五郎に教えたのである。

「五郎殿、呼吸(いき)とは・・・宇宙の気を体内に取り込む・・・
とても大切なものなのじゃ。が、ほとんどの人間は普段ほとんど意識せずに
生きておる。
生まれてから、死ぬるまで・・・・・・・ずっーと人は息しておる。
その仕方次第で大きな違いがでてまいるのじゃよ」

続けて、
「まだ五郎殿には、今は・・・いずれわかる時がまいりましょう」


朝、鳥たちのさえずりで五郎は目が覚めた。
五郎たちは中国山地の奥のほうに分け入っていた。
ここ数日は洞窟の中で寝起きしている。

爺はすでに朝餉にしたくをしていた。
「五郎殿・・・これで米も尽きました。最後の米粒になりまするぞ。
味わってたべなされ」
「…この後は」

「断食をいたしまする」
「・・・爺、川で魚とっても、石をつかってウサギやイノシシを射止めることもできるでは・・・」

「そう、この前も五郎殿のおかげで、イノシシの鍋も美味しゅういただきました。
五郎殿の腕ならば、簡単に・・・が、ここからは敢えて食事をとらず断食の修行に
入りまする。水だけで三・四日日過ごしますぞ」

「・・・・」
「戦場では、あたりまえのことでございます。」

爺は、かつて兵糧攻めにあい、次々に兵士たちが餓死していく
惨状を目にした時のことを語った。
「若いころのことですが・・・九州のある大名に厄介になっていた時に、
となりの大名に攻められましたな・・兵糧攻めにあいもうした。
時がたつにつれ・・・飢えた兵士たちは馬や牛、鼠・・・
そしてミミズなどの虫、壁土のなかの藁なども口にいれ・・・
挙句の果てには、死んだ仲間の肉にまで・・・それはひどいものじゃった」

五郎はその光景を想像し恐ろしくなった。
「場合によっては、そういった兵たちを率いていくのが五郎殿の運命(さだめ)。
少々の断食で音を上げているようでは、その務めははたせませぬ」

「・・・爺・・・戦(いくさ)というものは・・・地獄じゃな」
「その通りで・・・」

五郎たちは断食の行も終え・・・・その日の昼過ぎ久しぶりに食事を行った。
イワナの焼ける匂い・・・汁から立ち上る湯気が・・・
(ああ、うまそう)
五郎の食欲を刺激する。
「五郎殿、胃が驚きまする。ゆっくり食べなされ」
「爺・・・今日の飯は格別にうまいな」
「五郎殿の仕留めたウサギの入った汁にイワナの塩焼き・・・確かに
美味しゅうございます。人というものは腹が満たされただけで・・・
幸せな気分になりますな」

飯の後・・・
「今日は川の水で体を拭くのではなく、温泉に・・・・
この山の奥には温泉がございます。また、その脇にぼろ小屋があるので、
今日はそこで眠りましょう」

山道を登っていくと、今まで目を遮ってきた木立が消え、
ぱっと視界の広がりを感じた。
切り立った崖の上につくられた道に出たのである。

五郎は、その道に立ち
眼下に広がる光景に目を奪われた。
吹いてくる風が少し冷たい。

「爺、自然というものは、なんとでかいものなのだろう・・・
人なんていうのは・・・本当(ほんとう)蚤(のみ)のようなちっぽけなものだな」

「まさに。ただ・・・」

「ただ?」

「ただ・・・そのちっぽけな人間だけが・・・
そう人間だけが、この途方もない自然をも心のうちにおさめることができまする」
爺の言っている言葉の意味が、五郎にはよくわからなかった。

その崖の道を先に進み、小一時間ほどあるいて温泉についた。直径が約五メートル
ほどの円形の自然の温泉である。その向こうに小さな小屋がみえる。

陽もとっぷりと暮れ、小屋にいた二人は温泉に浸かりに来た。
入ってみると、すこしぬるいくらいの温度である。
「この温泉は、体によく効きまする。仲間がひどい刀傷・矢傷を受けたことがありましたが、ここでしばらく過ごすうちに、みるみるよくなっていきましたぞ」

爺と五郎は、湯に浸かりながら・・・様々なことを語り合った。
五郎が唐突に聞いた。
「爺は全国を巡り歩いたというが・・・今まで会うた人間の中で・・・
この人物は傑出していると思ったのは、一体だれ?」

爺は、少し首を傾けて考え、
「そうですな。一人は北条早雲殿。もう亡くなられましたが・・・何もないところから・・・伊豆・相模を・・それも六十歳を過ぎてから。あの燃えるような気力・・・尋常ではなかったですな」
爺ははるか昔を思い出すようにしながら語った。

「今一人は、我らが対峙しております尼子経久殿。不思議な方でございます。普段は無欲恬淡な明るいご気性の方ですが、一たび・・・こうと決めた時のあの方は・・まさに虎蛇のような恐ろしさで・・・その眼をみただけで身のすくむ思いをいたしましたのは忘れられません」

五郎が、
「まだ、おられるかの?」

「そうですな・・・もう一人と言えば…
そう・・我らと連携している・・・安芸の毛利元就殿ですかな」

「爺・・・毛利って我ら大内方の?」
「そうでございます」
「あまり大きな力を持っているようには聞かぬが・・・」
「確かに。ただ、人物は相当なもので・・・
さあ・・・筋金入りの野良猫とでも申しましょうか。油断も隙もございません。
我らの側にいて・・本当に良かった。
五郎殿のお父上に聞かれたらよろしい。よくご存じですから」
「ふーん」

と、そのとき温泉の上に張り出していた木々の枝が突然ばさばさっと揺れ、
何かが落ちてきた。ばしゃんという大きな湯の音が・・・
「ウキキキーッ」
木の上にいた猿が、湯に落ち、あわてて逃げていったのである

五郎は驚いて目が点になっていた。・・・爺をみると・・
「さて、猿も湯に入りにきて、先客がいて驚いたのでしょう」
と笑っていた。

遠くで猿のなきごえが聞こえた。
天空の月が、しずかになった湯のうえに映っていた。





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TAKAFUSA その11 陶晴賢 鬼畜(三)

まえがき

今は陶晴賢子供時代のお話となっています。兄を失い、また愛犬タキを失うという悲しみも体験しながらも、父・母に厳しくも温かく育まれ・・・また、又二郎・百乃介・与吉などの仲間にもめぐまれ、浜の網元の娘お栄にほのかなあこがれを抱く五郎、泣いたり笑ったり危機に陥ったり・・・多感な少年時代をすごしています。今回も五郎は危険な事件に巻き込まれていきます。五郎の身に危機が・・・・ついに爺が動きます。




その11(三)


数日後、五郎は与吉とともに施設にいた。
庄吉に頼んで連れてきたもらったのである。


善右衛門が
「これはこれは陶の若様、このようなところへ、誠にありがとうございます」


「いや、誠吉とはよく話す仲だったもので・・・どんなところで生活していたのか
少し見てみたかっただけなので・・・邪魔して悪いな」


「いえいえ、若様のようなこれから大内の重臣となられる方に、まことの民の窮状、
とくにこのような境遇の子どもたちの様子を見ていただけることは、こちらこそ
大変ありがたいことだと思っております」


五郎と与吉は、一時間ばかり施設や子供たちの様子を見学して帰っていった。


その晩のことである。


道雪が真顔で言った。
「陶の若殿は・・・心に何か疑念をもってきたことは間違いないですな。
私には見えまする」

「施設でも・・・誠吉の脚のことなど、いろいろ嗅ぎまわっておったそうな」と孫左衛門。

「ガキ一匹といえども・・・早めに手を打ったほうがよいの・・・。
しかし、あの陶のガキはちょっといねえ男前だね。道雪殿、あの年でも心を入れ替える
ことできますかね・・・」
善右衛門が目を光らせた。


「楽ではないですが・・・私の腕ならなんとかなるでしょう」


「あれなら・・・余所(よそ)の地域の同業にも高く売れるわ・・・
最近は刃傷沙汰もなく・・ひまで酒ばかり飲んでる先生方にお願いしましょうか。」


次の日の昼頃
五郎は与吉とともに父の遣いで、街道を歩いていた。
「父上もわざわざ俺を使わなくてもいいのに…面倒だなあ」と五郎。


五郎が与吉をみると・・・表情が引き締まっている。
「五郎様、後ろかやってくる連中ですが・・・先ほどからみるに・・・
つけてきているようです」


「そうなのか・・・与吉、おれはわからなかったぜ」


「はっ。ただ私の見るところ尋常な連中ではございませぬ。」


五郎がさりげなく振り返り、
「確かに。ちらっと見たが・・・俺等のかなう相手じゃなさそうだ。与吉
おまえ道を横にそれろ!」


「五郎様!」


「殺すつもりなら・・・もうすでに殺しているだろ。」


「なんとか加勢を呼んできてきてもらいたい。まだ奴らは俺たちが気づいてると思ってねえ。
すっと自然に横道にそれて・・・たのむぜ与吉」


「五郎様・・・わかりました」


与吉は人通りがあるところで、街道を脇道に逸れていった。
与吉は巧妙に隠れて、五郎を追っかけてる奴らの面(めん)をつぶさに頭に入れようと凝視した。


その中の一人が・・・善右衛門の施設を訪ねた時に・・・
施設から少し離れたところで犬と戯れていた奴だと・・・はたと気づいた。


与吉は急いで戻った。
とにかく陶の屋敷へと急いでいる途中に爺と出会った。


爺に仔細を話し、そして
「これはあくまで私の勘なのですが・・・
五郎様は施設に連れ込まれているのでは・・・」


「あい、わかった。すぐに興房殿へ、わしは一足先へ」と。



五郎は人気のないところで・・・
(案の定来やがった)と思った。


五郎はそれとなく、草鞋をなおすふりをしながら・・・石を拾っていた。
敵が足早に近づいてきた。
と、五郎はぱっと振りかえり、
立て続けに三人石をぶつけたのだが・・・


目の前に痩せた背の高い侍が出てきて・・・ニヤッと笑ったところまでの記憶しかなかった。
峰打ちをくらい気絶させられていたのである。


地下室で五郎は縄でしばられていた。
善右衛門が、
「若様は、実にいい御顔されていらっしゃる。その顔が今から歪むのが楽しみですな。
いやそれとも戦国武将の子ゆえに、これくらいは耐えられるのでしょうかな。」


「こうやって誠吉の脚も切ったのか!」
「そうでございますとも・・・」
「てめえら鬼か!」


「なんとでも・・・そのうち罵る元気もなくなるじゃろう。泣き叫ぶやも・・・
が、ここは地下室でも特別の部屋。音は一切外部に漏れぬ。ふっふっ。
じゃあ、おやり」


「へい」男の一人が斧を振り上げた。三人は五郎の体をおさえている。


(あー)と思い、
五郎は目を閉じた。


まさにその時である。
目に止まらぬ速さで何かが通り抜け、一筋の光芒が走った。


斧とそれを持っていた男の上腕がどさりと地面におちた。
男は何が起こったのがわからず、自分の斬られた腕の切り口を見てから
「ギャー」と悲鳴をあげた。
善右衛門と三人の男も扉の方へ動いた。


「爺!」と五郎が叫んだ。
五郎の方を見て、爺がにやりと微笑んだ。


善右衛門は部屋を飛び出し、
「先生方―!!」と必死に呼んだ。


六人の侍が出てきた。そのうち四人が前へ出てきた。
「こんな爺(じじい)の一人や二人・・・行くぜ!」


爺は五郎の上で刀をパパッと振ると五郎の縄が切れた。
「五郎殿、よく見ておきなされ」というや否や・・・


爺はその四人の間にするりと割って入ったのだが・・・
五郎にはまるで、そこで爺が舞っているように見えた。
・・・すると、四人が次々に斃れたのである。


「ほほう、爺(じじい)相当やるの」
と小太りの背の低い奴が前へ出てきた。


その男が、
「たあ!」と袈裟懸けに斬りこんできたのだが、
その時、爺は、なんと空中でその男の頭の上を越えていた。
爺が地面に着いた時には男の頭が斬り割られていた。


その時、急にまわりがあわただしくなった。
陶興房の一隊が到着したのである。興房は手勢の半分を街道へ、そしてもう半分をこの施設に向かわせたのであった。


痩せた背の高い侍が、
「爺さん、強(つ)ええな!滅多にみねえ。世の中広いぜ。
ばたばたしてきたが・・・爺さん、折角だ!やろうぜ」


爺とその男が向かい合い、お互いに構えた。動かない。十秒くらいたったか。とても長く感じられた。
と、二人が同時に猛然と前へ。
「たー!」
「やー!」
刀と刀がぶつかる音が四回。
爺の体がくるりと一回転すると・・・


「やっぱ強(つ)ええや」
とつぶやく侍の首から血がぴゃっと噴き出した。


そして、泉屋善右衛門の一味は、全員お縄となったのである。
今回のこの事件・・・
大内義隆は、善右衛門たちを捕まえた陶興房に「仕置きはすべて任す」とした。


興房の前に引き出された泉屋善右衛門。不敵な面構えをしている。


善右衛門は、
「どうせ死罪になるのだろうから・・・言わしてもらうが、
俺のやってることが人の倫(みち)から外れてるとかなんとか
ごたく並べて裁こうって寸法だろう・・・ふっ!それは綺麗ごとよ。


この戦国の世のどこに人の倫(みち)があるってんだよ。
おたくらも戦場においてやってることは獣そのものじゃねえのか。」


勝ち誇ったような顔をして・・・善右衛門は興房に言葉をぶつけた。


にこっと興房が笑った。
「獣だと・・・、まさにその通りよ!
この戦国の世は獣にならんと生き抜いていけんわ!
ゆえに、獣らしくおのれらを裁くまでよ。


善右衛門の手足の指をゆっくり一本づつ切れ!
次には両手・両足よ!気を失いそうになれば、
槍で刺すなり、熱湯かぶせるなり・・・とにかく楽に死なせるな。よいか。
おおっ、一人では寂しかろうから・・・ほれ、道雪とやらもいっしょにな」


「そ、そんな・・・」
それまでの態度とうってかわって善右衛門が青くなった。


「善右衛門よ!われら互いに鬼畜よ。
いずれ地獄で会おうぜ・・・ひったてい!」


興房は、事件の全貌を知っておったものは全員死罪、何も知らずに働いていたものはお構いなしとした。


そして、大内の庶族として・・・
興房は、ろくに調べもせずに善右衛門に奨励金を出していた君主大内義隆にチクリと諫言した。


五郎はといえば・・・
爺のすごさと己のふがいなさを痛感し・・・
剣術の稽古に没頭していた。